第1話

文字数 1,983文字

 ドン、と花火が打ち上がった。
 夜空に咲いた花が付近を照らしパラパラと落ちてくる。
「なあ」
 ヒロが声を張り、ネットに囲まれたグラウンド内に呼びかけた。
「なあて!」
「なに? 聞こえへん」
 ユミはシャベルを手に返事をする。
「どーするつもりやねん」
「どーしたもこーしたもないやろ!」
 再度花火があがり、会話がかき消された。遠くからは歓声が飛び交う。
 ネットを越え、ヒロは駆けよった。
「なにしてんねん。こんなとこ穴掘って」
「穴掘ってんちゃう。こいつ外すんや」
 そう言いながらユミはシャベルでホームベースを叩く。
 グラウンドの中でダイヤを形成する一角、ホームベース付近が掘り起こされつつあった。
「……外してどうすんねん」
「……燃やす……とか。証拠隠滅」
「発想ヤバ……絶対バレるやろ。匂いとかで」
「昔はさ、学校でもゴミ燃やしてたんよ。焼却炉いうて」
「もうないやん」
「せやねん」
 心底残念そうな様子でユミは嘆く。
「そんなんええからさ。もと戻してお祭り帰ろうや」
「無理やって。ベース全部引っこ抜いて野球できなくさせたるねん」
「……格好と言ってることがあってないんよ……」
 足元の下駄、その上の浴衣、手にはシャベルという姿を見てヒロは呆れた声を出した。
 そんな声は気にせず、ユミはホームベース付近の土を堀り進める。履いている下駄がその度に土で黒ずんでいく。
「なんでこんな時に、そんな格好で……」
「こんな時やからやろ。皆お祭りいってるし、お祭りで騒がしいし。この格好ならお祭りいったって親ごまかせるし」
「いや、グラウンドの中は目立つやろ……」
「どーせ花火見てて人こーへんわ」
 小さな花火がたくさんあがり、遅れて音がこだまする。
「…………気持ちはありがたいけどさ……泥棒とか犯罪やし、お前捕まってほしくないし、もうやめようや」
「……は? あんたの気持ちとか知らんし。私が盗りたいんやから盗るんやし。勝手に勘違いせーへんでもらっていい?」
 そう言いながら目もあわせず、腕だけを動かす。
「おんなじ学校の生徒なのになーんで全部やきゅー部ゆーせんやねん」
「…………しゃあないやん」
「なんて!? 花火でうるさいから聞こえへんねん」
 小声でのつぶやきにそう聞き返す。
「しゃあないやん! そういう学校入ったんやから。皆で応援しにいかんと……」
「……映画撮りたかったんやろ!」
 その言葉にヒロはうつむいた。
「映画撮りたくて、バイトしてお金貯めて、脚本書いて、スケジュールも決めて。それが全部パーやん」
「……悪いと思っとるよ……セリフの練習もしてもらってたのに」
「あんた悪ないやん。私も映画興味あっただけやし。たまったま予選通って。そんで舞い上がって。応援強制! 交通費は自腹! とか抜かしてくる連中が悪いねん」
「初めてなんやろ予選突破……この辺全部盛り上がっとるし……しゃーないよ」
「しゃあなくないやろ!」
 ガコン、と金属音が響いた。
 ユミが地面に叩きつけたシャベルが転がる。
「……いったぁ……」
「は?」
 足を抑え、しゃがみこむユミ。
「……ムカついて投げたら……足あたった……」
「……ほんまになにしてんねん……」
 ヒロは近寄るとスマートフォンを取り出し足を照らす。
「……えっち」
「言うてる場合か。いいから見せてみ」
 浴衣を少しあげると、打ち身のせいか青く腫れた足が照らされた。
「…………冷やした方がええな……送ったるから帰ろ」
「……嫌や。盗んだるねん。やきゅーできなくしてやるねん」
「……ええから……とりあえずそこ座っとき……」
 ヒロはシャベルを拾い上げると、物凄い勢いで穴を埋め始める。
「ちょ……なにすんねん」
「このままじゃ帰れんやろ。誰か落ちるかもしれん」
「やめーや……って、痛っ!」
 一歩踏み出そうとして再度足が止まる。
「ほら、悪なるから座っとき。すぐ終わるから」
 そう言いながら手を動かす。みるみるうちに穴は小さくなった。
「……せっかく掘ったのに……」
「埋める方が楽やから……よし」
 穴はほとんど目立たなくなった。
「シャベルどこの?」
「うちの」
「……しゃあないな……後で届けたるからとりあえず帰ろ」
「…………」
 ユミは目に涙を浮かべながらヒロを睨む。
「……歩ける?」
「歩きたない。ここおる。ここおって邪魔したんねん」
「……怒ってくれたのは嬉しいけど……こんなんで手伝ってくれる人に損してもらいたないねん」
「…………」
「映画はちゃんと撮るよ。時間かかっても。約束する。だから帰ろ」
「…………」
「怪我ひどくなったら撮れる映画も撮れんで」
「…………ん」
 ユミは涙を拭く。
「痛いんやろ。背負ったるわ」
「……ん……」
 ユミを背負うとヒロはゆっくり歩きだす。掘り起こした土の上には一人分の足跡がかすかに残った。

「…………案外乳あんな自分」
「死ねっ!」
 ヒロの頭を叩く音が大きく打ち上がった花火でかき消された。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み