第1話

文字数 1,998文字

 「砂糖、ミルクいります?」
 「いる!」
 大きな声でしゃべるな、、、。 平日午前中のカフェには珍しい女性二人組の客。午前中に起きれた僕も珍しいけれど。心地よいBGMと作業音で良いASMR空間だったカフェが、雑談配信部屋に変わってしまった。
 彼女たちが「迷う~。」「決まりました?」「いいよ~、払うよ。」などど話ながら入店した時、僕は小説に没頭していたが、驚いて高速で瞬きをした。おかげでどこまで読んでいたのか見失ってしまった。マスクを口元まで下げて極甘カフェラテを一口。気を取り直して、どこまで読んだかな、、、。再び小説に向き合う。
 
 気になる!
 きっと愚痴や噂話や終わりのない内容のない会話が始まるんだろう。雰囲気。空気。空間。変わり果てる前からこのカフェにいるのは、勉強している学生、テレワークのビジネスマン、とりあえず常連の暇な爺婆、そして僕(社畜)。僕は耐えられなくなって「静かにして下さい。」なんて言わない。店員さんに文句も言わない。学生もそうだ。彼らは社畜予備軍なんだから。僕と一緒さ。ビジネスマンも言わないだろう。カフェで仕事をするくらいなんだから、成功者は心の余裕が違うんだ。あと、この状況を諦めているのかも知れない。確かに、彼女たちが別に悪い訳ではない。僕が久々に来た、平日午前のカフェに高望みしているだけなのだから。問題は爺婆だ。爺は店員に強く当たるだろう。婆は直接彼女達を注意するだろうな。
 嫌だ!
 彼女達が注意を受けて、取り戻したカフェはもうすでに以前のカフェとは別物だ。自然と出来上がっていた、あの雰囲気を演じるなんて、まがい物なんだ。彼女達が自らがこの平日午前のカフェに足る存在なのかを証明しなければならない。

 なんと、僕の横に座るのか。彼女達はソファ席。僕はテーブル席。
 「ありがとうございます。奢ってもらっちゃった。」ん、先輩と後輩か。大学生とか。「やっぱり朝は空いてるね。」「朝からありがとうございます。ほんとに。」「たまったま、休みだった。こうゆう急に会いましょう。って方がいいよね。」「まじで流石って感じです。フッカルさが。」
 「んで、はい。どうしました?」お悩み相談のために、後輩ちゃんが先輩ちゃんを呼び出したのか。それにしても、軽く本題に入ったな。
 「どうしましたって、何かがあったわけではないんですが。」「急に会おうって言うから、話したい事があるのかなって。最近はどんな感じ?」悩み相談の約束ではなかったのか。なのに、先輩優しいな。「働いてますよ。しっかり!でもやりがいがあるのかないのか、分からなくて。」「楽しくないの?達成感がないとか。」「なんなんですかね、嫌な人もいないし、仕事が多いわけでもないんですが、下っ端感がメンタルに来る感じ。」「うん。」「なのに、社会人として主体的に動け、とか意見しなきゃ、とか言われて。新卒に言いたい事を言って、私は笑顔でかしこまりました。ありがとうございます。って言うんです。で、主体的にって思って積極的に意見したり行動すると、情報見た?とか、優先順位は考えた?って詰められるんです。」「あるよねー。ごめんなさい。イライラしないでって思うよね。」「そうなんですよ!なのにこの間の中間考査の評価がめっちゃ高くて、ボーナスも新卒としてはそれなりに出たんです!」「ええ!初ボーナス!良かったじゃん。頑張った!」「その時の上司との面談で、期待の新人だから次のボーナスはもっと上がると思うよ。って褒められてモチベ上がったんです。なのに、次の日からも変わらない感じで。モヤモヤじゃないけど、気分が晴れないような働きで評価が上がっていくことに、違和感というか、最近良く分からなくなってきて。で、リフレッシュのために先輩と遊びたいなって。」なるほど。「なるほどね。」心の声とハモった。僕も入社したばかりの時、そんな事もあったな。嫌いな人もいるし、僕嫌われてそうだな。新卒の子はこんな気持ちなんだ。
 「そんなに仕事面もメンタル面も振り回されているのに、嫌な人いないの?」「指導する人の方が大変ですよ。そう考えると別に嫌いな所ないなって思うんです。」なんて良い子なんだ。「変わらないねー。なんていい子なんだ君は。」また。「話を聞いて思ったんだけど。優秀だと思うよ。指摘されたところを改善しようと考えて行動してて。今は一年目でインプットばかりだけど、リーダーシップを取りたいって気持ちの表れだよ。どちらの気持ちも分る人が上司に居てほしいしね。一緒に早く偉くなろう。」せ、先輩、、、。
 
 先輩はきっと第一印象が怖いとてもやさしい人で、後輩はきっと優秀なのに自分を過小評価してしまう人なのだろう。
 彼女達はカフェをあとにした。僕はカフェラテも飲み終えず、見失った小説の一文も見つけられずにいた。でも大丈夫、僕の問題も解決したようなものだ。



 
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