第1話

文字数 1,703文字

『ねぇ、一緒にバイトしない?』
 メッセージアプリに届いた友人の言葉に、自然とため息をついていた。
「それって大丈夫なバイト?」
『平気平気。SNSで知り合った人からお願いされたんだけど……』
「いや、もう不安なんだけど」
『大丈夫! 会ったことあるし! イケメンだし!』
『イケメンだから大丈夫』は大丈夫じゃない。
『一人でやってもいいんだけど、もう一人いたら助かるって言われさ』
「……どんなバイトなの?」
 私が断ることで一人で行くことになるのは、さらに不安な気がする。とりあえず内容を聞いてから判断しよう。
『うふふふ』
「きもっ」
『これを見てください!』
 スマホに送られて来たのは、とある結婚式場のホームページだった。
「これって式場?」
『そう! これのね、パンフレット用の写真撮影に協力してくれないかって!』
 意外とまともな内容と思ったが、そもそもそのイケメンが本当にこの式場の関係者か怪しい。
『これがやりとりしてる相手のアカウントね』
「用意周到……これって」
 ホームページに載っているSNSアイコンから飛ぶと、今まさに送られてきたアカウントのページが開かれた。
「公式の広報アカウントなんだ……」
『ね? 安心でしょ?』
 わくわくした声に断る道が絶たれていく。
「確かに怪しいバイトでは無さそうだね」
『でしょ? やろうよ! 一緒に! いろんな衣装着られるよ?』
「……分かった! やる!」
 最後の口説き文句は魅力的だった。たぶん相手役と衣装着て写真を撮るだけだし、それぐらいなら問題ない。
『やったー! 詳細送るねー!』
「はーい」
 日時や集合場所が送られてくる。お給料というか謝礼の額も安くもなく高すぎもなく。注意事項等もこちらへの配慮が感じられる。
「結構いいかも?」
 ちょっと面白そうだ。楽しみになってきた。

 そして、当日。
「こっちだよハル!」
 大きな声で呼ばれ、手を振る友人ユウの元に駆け寄る。
「お待たせ」
「迎えの車はもうこっち向かってるって」
 数分で到着した車から降りてきたのは、長身のイケメンだった。スーツがとても似合ってる。
「タカさーん! お久しぶりです!」
「ユウさん、久しぶり。お待たせしました、高田といいます」
「遠藤です」
 イケメンに相応しい爽やかな笑顔と少し高めの声が心地いい。
「それじゃあ式場の方へ行きましょう。車へどうぞ」
 後部座席にユウと二人で座る。
「ね? イケメンでしょ?」
「ちょっと、失礼でしょ」
 クスクスと笑いながら車を出す高田さんに、軽く頭を下げておく。
「タカさんは褒めると喜んでくれるよ」
「悪い気はしませんね」
「ほら」
 二人はとても仲が良さそうで。高田さんが時々ユウに向ける優しい視線は、どういう意味のものだろうか。
 ユウは可愛いから。ユウは鈍感だから。
 ズキリと傷んだ心は知らないふりをするしかない。

 式場の一室には、大量の衣装が用意されていた。
「すっごいねー!」
「うん、凄い……」
 いつもなら手を出すことが出来ない、キラキラと輝く衣装達。
「どれでも好きな物を着てください。ドレスもスーツも全て女性用から男性用まで用意してあります」
「……え?」
「タカさん、ありがとー!」
「どういたしまして」
 高田さんの言葉の意味が分からず置いていかれる。
「ね、ハル。どれから着る? ドレス? ドレスにしよっか! 二人でドレス着てさ、並ぼうよ!」
「ちょっと、待って……」
 相手役がいるんじゃないの? ユウと二人なの?
「今日はお二人の貸し切りですよ」
 高田さんが笑いながら言った。
「私どもの式場のコンセプトは『ユートピア』。どんな方にでもお好きな衣装で式が挙げれらるようにしております」
「好きな衣装で……」
 高田さんが背に手を当ててくれた。
「どれになさいますか?」
「えっと……」
 いつの間にか目の前にはユウがいた。
「ほら、ハル! 一緒に選ぼう!」
 ユウが手を引いてくれた。
「予行練習だよ!」
「よ、予行練習?」
「そう! 私とハルの結婚式の予行練習!」
 頬を赤く染め笑うユウはとても美しい。
「ハル鈍感なんだもん! もう待てないよ!」

 カメラの前でドレスを着てユウと二人笑っている自分は、きっと誰より輝いていた。


end
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