第1話 この星から悲しみ消したかった

文字数 1,000文字

「前触れもなくあらわれますね、あなたは」
 神父ベネディクトにこう指摘されたのは、若き探偵・白馬安曇。

「この時間ならベニーは居ると思ってな」
 ベネットやブノワとも略称する。

「どうしたんです? 今日は」
 粗野な白馬にも、神父は大人の対応だ。

「ちょっと肩を痛めてな。アレはあるか?」
 アレとは軟膏の赤まむしである。

「はいはい。待っていてくださいね」
 正直じゃないなと、ベネディクトにはお見通しである。

 白馬が右肩をはだける。
「その右肩の蝶の痣は、マリアには見せられないですね」
 ボスに脱げと命令されたら、エンディングも近い。

「よせよ。あいつの話は」
 痣だけでは無い。全身無数の傷がある。
 ベネディクトが赤まむしを塗りおえると、ポンと肩を叩いた。

「いって」
「あまり無茶をしてはいけませ・・・」
 
 空間が灰色に凍り付く。
ベネディクトが言葉の途中で固着された。

「おい、何の冗談だよ」
 白馬は自由に動ける。

「冗談ではありませんよ」
 振り返ると、クーバース犬のエルがいた。

「・・・何モンだい? あんた」
「いまこの地球上で動いているのは、I《私》と白馬殿だけです」
 犬が喋っている。

「ただの犬じゃないとは思っていたが・・・」
 あまり下手なことを言うと、永遠に時が止まりそうな絶対的畏怖を覚えた。

「いま世界情勢は大変なことになっていますが」
 エルはエメラルドとゴールドの光を纏い、妖精に変化した。

「白馬殿はいままで通り、メシヤ少年とマリア嬢を視ていてくれればそれで良いです」
 柔らかい言葉の中にも、首を横に振らせない凄みがあった。

「俺もボスに聞いたことがありますよ。メシヤ・マリアのコンディションが、世界情勢に及ぼす連関について」
 外の世界の強大な力は、一見ささいなものが支配下に置いている。

「白馬殿のビッグボスとは、知らない仲ではありません。彼は彼で独自の思惑があるようですが」
 エルは白馬に指令をくだすわけでもない。そもそもそのような恩義も無いが。

「ここは居心地が良いです。I 《私》も姿形を変え、あなたのお手助けをいたしますよ」
 人智を超えた力というのは、人間が直接物質に働きかけるのでは無い。神を介在して、不可思議な現象を引き起こすのだ。

「そいつは、心強いですね」
「お時間が来たようです・・・」
 グレーの空間に虹が架かる。



「・・・無茶をしてはいけませんよ」
 ふたたび時が動き出す。

「ああ。死ぬのはずっと後でいい」






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