夢の名残り

文字数 833文字

──長い、夢を見ていました。

お兄さんから譲り受けたというお古の制服を身に纏い、私の半歩前を歩く、男らしくがっしりとした背丈のあなた。

私とあなたが〝恋人〟という関係になってから、もう1年と半年。毎日欠かさず送り迎えをしてくれるあなたが、とても恋しくて。

思わず指先であなたの裾をちょこんと摘んでしまった私に、あなたは不思議そうに振り向いて。
それから優しく、目尻を落としました。

私の全てを包み込んでくれるかのような、そのあったかい笑顔に出会う度に、心の底から、こう思います。

──あなたに出会えて、よかった、と。

恥ずかしがりな私は、なかなかあなたにその言葉を伝えることができないけれど。

私が微笑みかけるだけで、照れ臭そうに鼻をかき、優しく笑うその顔を見て、やっぱり好きだなあと、そう思うのです。

〝大好き〟を伝える代わりに、その手をぎゅっと握りしめよう。

そう思い、再びあなたの手に向かって手を伸ばす私。

少し、──あと少し。

あなたに触れられるまであと数センチだったのに、私の視界は急に真っ暗闇になりました。

そこは、見慣れた部屋の中。
私はどうやら、寝ていたみたい。

ということは、……さっきのは、夢だったんですね。

素敵な夢が終わってしまったのが少し悲しくもあり、もう何年も会えていないあの笑顔に会いたくて胸が苦しくなります。

……私ももう、80歳になりましたよ。

あなたが私の隣からいなくなってはや5年。
夢の中で会いに来てくれたこと、とても嬉しかったですよ。

私は手探りで、最近娘がプレゼントしてくれた携帯電話を枕元から手にとり、時刻を確認しました。

──夢の中へ消えていったあなたを想う、
24時50分。

私は今までも、これからも。
きっとあなたと過ごした日々を何度も思い出し、あなたに何度でも恋をするのでしょう。

だからね、また、いつの日か。
私のことを見つめて優しく笑うあなたに、会えますように。



その日まで私は、あなたと一生分の恋をしたこの世界を、もう少しだけ頑張って生きてみることにしますね。

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