第1話

文字数 982文字

店員さんは、きっと知らないのだ。仕方がないと言えば仕方がない。

「こちらをお下げしますね。」
ありきたりのそんな言葉が発せられた時、私は旧友との歓談に夢中になっていた。
気がついて振り向いた時には、「それ」は持ち去られた後だった。

久しぶりの、旧友との交流はとある飲食店で、お酒も提供される店。そのために、食べ物に関してはお酒に合わせて多岐に渡るメニューが取り揃えられていた。

そんな中、チーズ好きの友人が選んだワインに合わせて四種のチーズを使ったピザをオーダーした。

有名どころのチーズばかり選ばれていて、その一つがブルーチーズだったので、当たり前のように「はちみつ」がついてきた。

なめらかなドリップタイプで香りもつよくないものだったので、多分よく見るアカシアか百花蜜だろう。

オーダーのピザにはかけて余りある量を、容器に入れて持ってきてくれた。

はちみつは、ピザに対しての仕事が終わり、案の定ティスプーンで数杯分、容器に残っていた。

それを、先程の店員が当たり前のように下げに来たという始末だった。

私は、自分自身のその数分間の失態を嘆いた。
旧友も理由を知って一緒に悲しんだ。

もう既に、はちみつの入った容器は洗浄のコーナーに置かれ、流されただろう。

私も食事を食べきれないと残してしまう。良くないことだが、多少は致し方がないと思っている。

ただ、ことはちみつに関しては、少し違う感情が働いてしまう。

はちみつは、ミツバチが彼女らの生活のために摂り貯めた産物だ。
彼女・・・ミツバチの殆どは、メスだ。

人間が横取りするから、仕方無しに無理に働かされて生涯をかけて集めてくるものなのだ。

その量は、一生涯でティースプーン半分くらい。
容器のはちみつの残数を考えると、4~5匹のみつばちの一生を台無しにしたことになるのだ。

きっと、あの店員さんはそんな背景を知らない。
洗い場で頑張っている誰かもそんな事を知らない。

はちみつをこのピザに使おうと考えた人も知らない。

私と旧友は知っていた。ただそれだけの事なのだ。

だからこそ、その恵みに対して「知っていた」私達は敬意を払って、最後まで、その一滴まですくい取らなければならなかった。

しかし、後悔するも時は戻らないのだ。

知っている者は「知らない」が当たり前にすぐとなりにあることを、いつでも考えなければならないと、寒い風に酔いをさましながら旧友との交流を終えた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み