読切
文字数 1,994文字
【都市伝説】オカルト320
22:くぐると過去の分岐点に戻れるトンネルがあるらしい。
23:満足するまで何度でも何度でも過去に戻れるらしい。知らんけど。
いつもの掲示板のコメントにそんな文言を見つけた。
残りの人生もこの狭い部屋の中で終えるのかと思うと、書き込みを残していた。
「俺が行って検証してやるよ…」
トンネルは鬱蒼とした山林の中に、ひっそりと口を開けている。
入り口には夜闇を照らす切れかかった外灯が一つ。
トンネル内部に照明はなく、真っ暗な闇が漏れ出していた。
怖気づいた体が一歩後退する。
けど、俺に失うモノなんて何もない。
懐中電灯で足元を照らしながら、トンネルの奥へ進む。
「……なんもないな」
しばらく歩いて、前後左右の暗闇を振り返る。
戻ろうかと思案していると、突如闇を切り裂く光が網膜を焼いた。
「っ!?」
思わず腕で顔を覆って硬直すると、聞き覚えのある怒鳴り声がした。
「聞いてるのかお前?」
「…え?」
いつの間にか俺は、忙しそうに人が行き来するオフィスにいた。
しかも、もう通すことはないだろうと思っていた紺色のスーツに裾を通している。
目の前の蛇のようにいやらしい目つきの男は辞めた会社の上司だ。
心臓をわしづかみにされたような心地になる。
「お前ドンくせぇんだよ。お前より後に入ってきたやつはみーんなお前の倍仕事できんぞ?」
「あ、え、あ……」
逃げたいという気持ちと、トンネルにいたのにという困惑から動けない俺の肩を上司が叩いて囁いた。
「とっとと辞めるか死んでくんねーかな。な?」
その瞬間、俺は弾かれたように逃げ出した。
背後から上司や同僚たちの嘲笑う声が追ってくる。
無我夢中で逃げているとトンネルの中に戻っていた。
服装もラフな私服に戻っている。
しばらく息を整えて、俺は闇が支配するトンネルの中を見渡す。
このトンネルは本当に過去に戻れるらしい。
なら……。
俺はもう一度トンネルの闇を進む。
しばらくすると闇を切り裂く光が広がっていく。
放課後の体育館裏にいた。
俺は身長が少し低くなって、高校の制服に身を包んでいた。
「おい、何ぼーっとしてんだよ」
「えっと……?」
背の高い高校生達が俺を見下ろしていた。
すかさず横腹を蹴られる。
「がはっ!?」
胃液を吐き出すと、他2名が「きったね!」と追加の蹴りを入れてくる。
俺は丸くなって自分を守るしかなかった。
リーダー格の高校生は俺をゴミのように見下ろしていた。
「なんで金持ってこないわけ? あ?」
「ご、ごめっ」
反射的に出そうになった言葉を飲み込む。
そうだ、高校時代俺はいじめにあっていたんだ。
…どこが分岐点に戻れるだ。
「っ!」
「おい!」
「逃げたぞ!!」
追いかけてくる足音と声を振り払うように駆けていく。
いつの間にかトンネルの中に戻っていた。
「俺の人生こんなのばっかかよ……なぁ」
問いかけてもトンネルは闇を反響させるだけ。
俺もどうせ家に帰っても変わらずネットの海をさまようだけだ。
もっと、もっと前に戻れたら……。
そうして俺はもう一度トンネルの闇の奥に向かう。
光が広がっていく。
温かな手に、俺の小さな手が引かれていた。
「今日は何食べたい?」
愛情深い笑みで尋ねてくるその女性は……。
「おかあ、さん?」
母は、小首を傾げている。
昼下がりの買い物帰り、家路に着く途中の道。
俺はどうやら子供の頃に戻ったらしい。
「え、えっと……」
「あら、泣いてるの? どうしたの?」
心配そうに俺の頬に手を伸ばしてくる母。俺は自分の目元を拭って涙に気付く。
「な、なんでもない」
恥ずかしくてそっぽを向くと母は俺の小さな頭を優しく撫でた。
「怖くない怖くないよ」
母さんだ。
母さんが生きて喋って俺の頭を撫でている。
その事実に涙がこぼれそうになるが、こらえて振り返る。
「かえろ!」
母の手を引いて歩き出す俺。
もうこの過去でいい。
この世界で俺は人生をやり直したい。
「あらあら、急に元気になって……」
けたたましいクラクションと共に軽トラックが突っ込んできた。
俺の目の前で母が轢かれた。
壁と軽トラに挟まれて、血がいっぱい噴き出ている。
「……おかあ、さん?」
通行人や隣住民の悲鳴が聞こえる。
俺は母から流れ落ちる血が地面に小さな池を作っていくのを見ていることしかできない。
「あぁ、ああああああッ!!」
だから逃げた。
逃げて逃げて逃げて……あのトンネルの中にへたり込んでいた。
トンネルの闇は三度戻ってきた俺に何も言わない。
俺は体に力を入れて立ち上がる。
「もっとだ……もっと前なら」
よろけながらトンネルの闇の奥へと進んでいく。
俺は――。
【都市伝説】オカルト324
45:例のトンネルで廃人が発見されたって
46:知ってる
47:過去は変えられないって繰り返してるらしいよ
48:何を当たり前のことを
22:くぐると過去の分岐点に戻れるトンネルがあるらしい。
23:満足するまで何度でも何度でも過去に戻れるらしい。知らんけど。
いつもの掲示板のコメントにそんな文言を見つけた。
残りの人生もこの狭い部屋の中で終えるのかと思うと、書き込みを残していた。
「俺が行って検証してやるよ…」
トンネルは鬱蒼とした山林の中に、ひっそりと口を開けている。
入り口には夜闇を照らす切れかかった外灯が一つ。
トンネル内部に照明はなく、真っ暗な闇が漏れ出していた。
怖気づいた体が一歩後退する。
けど、俺に失うモノなんて何もない。
懐中電灯で足元を照らしながら、トンネルの奥へ進む。
「……なんもないな」
しばらく歩いて、前後左右の暗闇を振り返る。
戻ろうかと思案していると、突如闇を切り裂く光が網膜を焼いた。
「っ!?」
思わず腕で顔を覆って硬直すると、聞き覚えのある怒鳴り声がした。
「聞いてるのかお前?」
「…え?」
いつの間にか俺は、忙しそうに人が行き来するオフィスにいた。
しかも、もう通すことはないだろうと思っていた紺色のスーツに裾を通している。
目の前の蛇のようにいやらしい目つきの男は辞めた会社の上司だ。
心臓をわしづかみにされたような心地になる。
「お前ドンくせぇんだよ。お前より後に入ってきたやつはみーんなお前の倍仕事できんぞ?」
「あ、え、あ……」
逃げたいという気持ちと、トンネルにいたのにという困惑から動けない俺の肩を上司が叩いて囁いた。
「とっとと辞めるか死んでくんねーかな。な?」
その瞬間、俺は弾かれたように逃げ出した。
背後から上司や同僚たちの嘲笑う声が追ってくる。
無我夢中で逃げているとトンネルの中に戻っていた。
服装もラフな私服に戻っている。
しばらく息を整えて、俺は闇が支配するトンネルの中を見渡す。
このトンネルは本当に過去に戻れるらしい。
なら……。
俺はもう一度トンネルの闇を進む。
しばらくすると闇を切り裂く光が広がっていく。
放課後の体育館裏にいた。
俺は身長が少し低くなって、高校の制服に身を包んでいた。
「おい、何ぼーっとしてんだよ」
「えっと……?」
背の高い高校生達が俺を見下ろしていた。
すかさず横腹を蹴られる。
「がはっ!?」
胃液を吐き出すと、他2名が「きったね!」と追加の蹴りを入れてくる。
俺は丸くなって自分を守るしかなかった。
リーダー格の高校生は俺をゴミのように見下ろしていた。
「なんで金持ってこないわけ? あ?」
「ご、ごめっ」
反射的に出そうになった言葉を飲み込む。
そうだ、高校時代俺はいじめにあっていたんだ。
…どこが分岐点に戻れるだ。
「っ!」
「おい!」
「逃げたぞ!!」
追いかけてくる足音と声を振り払うように駆けていく。
いつの間にかトンネルの中に戻っていた。
「俺の人生こんなのばっかかよ……なぁ」
問いかけてもトンネルは闇を反響させるだけ。
俺もどうせ家に帰っても変わらずネットの海をさまようだけだ。
もっと、もっと前に戻れたら……。
そうして俺はもう一度トンネルの闇の奥に向かう。
光が広がっていく。
温かな手に、俺の小さな手が引かれていた。
「今日は何食べたい?」
愛情深い笑みで尋ねてくるその女性は……。
「おかあ、さん?」
母は、小首を傾げている。
昼下がりの買い物帰り、家路に着く途中の道。
俺はどうやら子供の頃に戻ったらしい。
「え、えっと……」
「あら、泣いてるの? どうしたの?」
心配そうに俺の頬に手を伸ばしてくる母。俺は自分の目元を拭って涙に気付く。
「な、なんでもない」
恥ずかしくてそっぽを向くと母は俺の小さな頭を優しく撫でた。
「怖くない怖くないよ」
母さんだ。
母さんが生きて喋って俺の頭を撫でている。
その事実に涙がこぼれそうになるが、こらえて振り返る。
「かえろ!」
母の手を引いて歩き出す俺。
もうこの過去でいい。
この世界で俺は人生をやり直したい。
「あらあら、急に元気になって……」
けたたましいクラクションと共に軽トラックが突っ込んできた。
俺の目の前で母が轢かれた。
壁と軽トラに挟まれて、血がいっぱい噴き出ている。
「……おかあ、さん?」
通行人や隣住民の悲鳴が聞こえる。
俺は母から流れ落ちる血が地面に小さな池を作っていくのを見ていることしかできない。
「あぁ、ああああああッ!!」
だから逃げた。
逃げて逃げて逃げて……あのトンネルの中にへたり込んでいた。
トンネルの闇は三度戻ってきた俺に何も言わない。
俺は体に力を入れて立ち上がる。
「もっとだ……もっと前なら」
よろけながらトンネルの闇の奥へと進んでいく。
俺は――。
【都市伝説】オカルト324
45:例のトンネルで廃人が発見されたって
46:知ってる
47:過去は変えられないって繰り返してるらしいよ
48:何を当たり前のことを