第2話 人間の条件

文字数 1,892文字

「ん?」

 白い空間にいた。奥行きがどれほどあるのか、そもそも奥行きや深さがあるのかもわからないほど、真っ白な空間だった。自分が座っているのか立っているのかもわからない。漂っているのかもしれない。顔をこすろうとしたが、手も足もなかった。

 目の前に光のようなものがある。その光が徐々に輪郭を持ち始め、やがて輪郭のはっきりしたよくわからない物に変化した。

(なんだこれ。気色わりいな)

(口を慎みなさい)

(ひいっ)

 光の方から言葉が飛んできた。鼓膜を震わせる音ではなく、思念のようなものだった。

(なんです?今のは)

(悲鳴です。いきなりテレパシー使われたんで)

(怯えないで。あなたは選ばれたのですから)

(ひいっ)

(私は管理者。高次元の存在です)

(ひい?)

(混乱していますね。無理もないことです。我々は、パンフレットの中からあなたを選びました。パンフレットの作成者はそちらの世界の管理者です)

(ひい?)

(説明が難しいですが・・・簡単に言えば『いなきゃいないでいい程度の人間』がリストアップされたパンフレットです)

(ひ?)

(そうです。あなたが記載されていました。したがってあなたは『いなきゃいないでいい』存在だったわけですね)

(ひい!)

(そう言われましても。査定したのは私では・・・ってふざけてます?私が高次元の存在であることに甘えて言語化がおろそかになってますよね?)

「何様だてめえは。俺が話かけてくれって頼んだか?おろそかになってましゅよ、じゃ、ねえんだよ。あれ?」

 いつの間にか床の上に立っていた。相変わらず白い空間だが、もはや白い壁の部屋に過ぎなかった。

 目の前には俺の膝くらいの背丈の女の子が立っている。透き通るような肌。おかっぱに切りそろえられた黒髪。切れ長の目。鼻はない。

「なんだお前」

「私はプラト。高次元の存在です。本来我々は無限定で姿はありません。でもあなたはこちらの方がやりやすいでしょう?だからこのような形を取りました。ちなみにこの姿はあなたが想像するであろう高次元の存在を再現しています。いかが?」

「座敷童じゃねえか。もうちょっと女神っぽくならない?」

「なりません。あなたの想像力の欠如が原因です。ご愁傷様。さて、昨今我々が管理する世界では混沌が広がっています。戦争自体が混沌ではありません。混沌と流動性を区別しましょうね。我々は世界を固定するつもりはないんです。むしろ流動性自体に秩序と調和を見出そうとしているのです。では混沌とはなにか?それは停滞です。停滞から腐敗が始まり、無秩序な崩壊へとつながっていくのです。つまり一方通行なんです。混沌というものは。終焉と再生を繰り返し形を変えながら持続していくのが流動性だとすれば、混沌はランダムな終焉です。ここまでは理解できましたね?」

「ああ・・・そういうことだったのか・・・」

 あまりにもつまらなかったため、「混沌が」あたりから話を聞いていなかった。それでも、トランス状態に入り無意識に相槌を打つパッシブスキル『自動筆記(シュルレアリスム宣言)』が発動したおかげで事なきを得たようだった。

「東西戦争はまだ終戦していません。東が西を滅ぼしそうになった100年と、その逆に西が東を滅ぼしそうになった100年が交互につづいていました。もうかれこれ数千年は経っています。もちろん東西のどちらも滅ぶことはありません。本当に滅ぼしたらやばいってことくらい低次元の存在でも本能的にわかるんですよ。だって自分たちの敵がいなくなったら、次は自分たちから敵を作ることになりますからね。だからぎりぎりのところで戦況をひっくり返すんです。協力してね。そして甘んじて100年苦しむんです。100年後のカタルシスを夢見て」

「そんな・・・いや、しかしながら・・・うむ・・・」

「と・こ・ろ・がっ、ところがですね。最近不穏なんですよ。あまりよろしくない雰囲気なんです。残念ながらなにがよくないのかがわかりません。東西のどちらかが滅んでしまうのか、どちらも滅んでしまうのか、それとも・・・しゅ、終戦が近いのか。そこで我々は6人の管理者を選定し対処することに決めました。1番目から5番目はそれぞれガイエル・オンドルセク・ゴンザレス・ガトームソン・イムチャンヨンです。私は6番目です。まず5人の管理者をあなたの身に宿します。当然彼らの自我は消滅し不安定なエネルギーに変換されます。ようするに、死にます」

「そうなんだあ・・・でもまあ逆にありっちゃありなのかもね・・・」

「彼らはあなたが本当に必要とするものとなります。では、右手に穴を開けますね。ばちん!」

 突然右手を激痛が襲った。

 そして落下。
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