第1話

文字数 1,735文字

<1>

損料屋という商売がこの宇宙世紀に復活すると誰が思っただろうか。
”フェリー”では、かつてのように物資が厳格に有限だから、というのが現代の識者の分析だ。
個人間の貸し借りでは間に合わず、課金型ビジネスとして発展した。
自然発生?自然復活?なんですかね、と話すと
上司の工場長はもっと穿った見方をしていた。

「物資不足が”自然”かぁ?お偉方の分は別腹だろぉ?知らんけど。あれこっちに持ってきて」

アイスキャンデーの原料は果汁で、成型器に入れて凍らせるとアイスキャンデーになる。
私は人型フォークリフトに操って巨大な樽を運び、樽から出ているホースを射出機にセットした。
向こうには数百の円筒形の容器が並んでいて、数十mほど離れた射出機から水芸の水のように
果汁が飛んでいって容器に吸い込まれていく。
しばらくしてから次に棒が飛んでいって容器に差し込まれる。

「棒、中心からずれないんですか?」

工場長は笑っていう。

「果汁はすぐにシャーベット状になるから。
 射出機から先には空気がないから、弾道計算どおりに命中する。
 ど真ん中に突き刺さるよ」

円筒形が並んでいるエリアは損料屋から氷点下を借りている。
射出機のエリアは常温だ。ここが氷点下だと発射できない。

「どうだ簡単だろ?氷点下を借りて果汁と棒をセットしてボタンを押すだけ」

私は”はぁ”と生返事をする。

「アイスができたら氷室に運ぶ。
 損料はまとめて後払い。ほんじゃあとは頼んだよー」

氷室も氷点下を借りて作られているものだ。

<2>
出航記念日までにアイスキャンデーを100万本作らねばならない。
とても間に合いそうになくて損料屋からネコを借りてきた。

「ウチのネコはちゃんとしてるから。ほんとほんと。安心して。サポート機器も付けるし」

損料屋のおじさんが調子よく話しているのを見ていると、逆に不安になる。
ちゃんとしたネコっていうのは、具体的にはどういう?と聞きたかったが、聞きそびれた。
ネコ用の人型フォークリフト操縦エクステンションも付けてくれた。
工場に戻るクルマの中でネコに名前は?と聞くと、まだ無いということだった。

「じゃあさ、キャンデーでいいかな?」
「お好きにどうぞ」

<3>

キャンデーと私は100万本のアイスキャンデーを作りきった。
最後のロットを氷室に持ち込んで工場長に連絡すると

「じゃあ、次はそれを売ってもらうから。炎天下を借りといて」

出航記念日当日、セレモニー会場を一時的に炎天下にするらしい。
だが事前に準備をしておこうとしたのが逆にあだになった。
炎天下の座標を間違えたうえに、期間も間違えてしまったのだ。
氷室の入力データを参考にしたから。
それで氷室が炎天下になった。
もちろんアイスキャンデーはすべて溶けた。

工場長は少し気落ちした様子だったが、想定外にレジリエンスが高かった。

「まあ、やっちまったもんは仕方がない。どうせ食べたら無くなっちまうもんだしな」

工場長はお偉方にアイスキャンデー中止を進言したが、受け入れられなかった。

「どうしてもやれってさ」

しかし原料が入手できなかった。”フェリー”では物資は厳格に有限だから。
するとキャンデーがつぶやいた。

「オレンジなら第3階層に農場があるよ」

私は思わず声を上げた。

「ほんと!?」
「ぼくたちは隈なく散歩してるからね、換気口を使って」

工場長は、キャンデーに何度も問いただしてから

「ほれ、やっぱり別腹があんじゃん!」

と胸を張った。
農場なら収穫機もある。
工場長はキャンデーに収穫機の使い方を教えると

「全部収穫しといて」

といってキャンデーを換気口から送り出した。

「でも工場長、いいんですか?隠し農場ですよ?」
「だってどうしてもっていうんだから」

そういってなにかを決意した目をこちらに向けた。

<4>

出航記念日当日、私とキャンデーはセレモニー会場で並んでアイスキャンデーを食べている。
炎天下に汗をふきだしながら食べるアイスキャンデーは思いのほか美味しい。
元・工場長はお偉方と一緒に壇上にいる。
お偉方のつまらないスピーチが終わると、元・工場長がやってきて

「よぉ、新・工場長」
「おめでとうございます、新・農場長」
「どうだ、新・工場長」
「なにがでしょうか、新・農場長」

キャンデーはアイスキャンデーをぺろぺろしている。

<完>
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