第1話

文字数 2,000文字

 山際の小径に転がる、金色の小さなトンネル。
 というか、まるで極小の金管楽器のような趣きすら感じさせる、入口と出口を両の円環で繋ぐ小さな筒。
 それはこの山道のあちこちに散在する極小トンネルだった。色々な所に穴を穿って、そこで彼らは脱皮する。まず入口のループを作り、そこからトンネルを編んでゆく。そして出口に辿りついたらそこにもまたループを作り、やがてそこから脱出して出口の向うに去ってゆく。
 つまり、こうやって作られたトンネルは抜け殻なのである。

 その脱皮した抜け殻を収集するのが、トンネル屋。すなわち俺の仕事だ。
 抜け殻を脱した本体は、トンネルを抜けてここではない異世界へ行ってしまう。
 トンネルは一度しか使われない。二度目を使おうとしても、何の効果も示さない。ただのトンネル、抜け殻に本来的なその後の使い道はない。
 だが、この大小取り交ぜたマカロニみたいな、浅い土中の極小トンネルは結構人気がある。
 マカロニのごとく茹でて喰うのである。そこそこ需要があって、土を落とし洗って干せば、量り売りで買う奴がいる。
 こいつらは売り物だ。俺自身はゲテモノは喰わない主義だがな。本物のマカロニを茹でてトマトソースで喰う方がずっといい。
 回収し損ねたトンネルは、核よりは遥かに短い周期で土に還る。噓かホントか知らんが。

 どんな奴がトンネルを作るんだって?
 さぁな、俺も見たことはない。トンネルは入口と出口が異世界を繋ぎ、何かが一度通ったら終わり。役目はそれだけだ。再生も反復もない。入口は必ずこちら側だが、出口は何処に通じているのかは誰も知らない。同じ異世界に通じているのか、彼らの数だけ異世界があるのか、彼ら以外は誰も行ったことがない。

 彼らは二つの世界を媒介する者でもあり、中継しスルーする者でもある。二つの世界を一方的に移動するということは、前轍を踏まない賢い連中なのかも知れない。
 そして、実はトンネルは彼らの内と外にもあるのだ。内のトンネルは口腔から肛門までの、いわば細長い一本のトンネルである。こちらのトンネルも逞しい。動物の消化管は、脳組織より先に作られるっていうだろ。内と外のトンネルの間に、彼らの身体は存在している。

 脱皮する度に、トンネルの数は増えてゆく。多分次々と違う世界に繋がっているのだろう。彼らについて行けばもっと多くのマカロニを拾えるが、そんな危険を冒せるはずもない。異世界を渡り歩く勇気も、後退出来ないトンネルを進む気概も、一介のマカロニ売りは持ち合わせない。去るは地獄の一丁目、戻るは出口なしの自滅の酸鼻。
 深淵なトンネルからトンネルへの伝言ゲームは遠慮して、こっち側の一個めのトンネルをくすねるだけだ。


 彼らのトンネル作りに、興味がない訳ではない。トンネルを作る意味もその技術と製造過程も異世界へと繋ぐ能力も、姿の見えない彼らの謎を解くカギになるかも知れない。
 ただその材質だけは、小麦粉に酷似した炭水化物と塩分と脂質、カルシウムとマグネシウムが少々混じってると分かっている。そりゃ喰うんだから、中身がわかってないとな。食物繊維が多めなのも健康食品化してる原因だ。

 俺が思うに、奴らはコイルのように材料である外皮を巻いてトンネルを作ってるんじゃないのだろうか。コイルなら電磁石になって、もっと巻けば階段だって降りることが出来るかも知れないぜ。
 でもって、本物のトンネルみたいにそのコイルを土に埋めて、中を本体が通ってゆくわけだ。いわゆるシールド工法で、コイルの内側を補強してゆく彼らの外骨格としてのセグメントが一体化して脱皮殻の誕生となる。
 不思議なことにどこにも亀裂も欠損もないので、昆虫や甲殻類のように彼らの外形は脱皮殻には保持されていない。いや、ひと回り小さい、穴のないマカロニみたいな形の生物なのかも。
 中身が液体なら、アルキメディアン・スクリューみたいに入口から出口へと移動も出来るが、いかんせん彼らは液体生命じゃない。多分。見たことないけど。


 そして、ある日珍しい螺旋のトンネルを発見した。まるで極小エスカルゴだ。脱皮し損ねたのか? もはやトンネルの姿でもないそれには、きっと希少価値がある。高く売れるに違いない。
オウムガイのようにきれいな等角螺旋を描くそれは、渦巻きの片側を中心としたチューブだ。

 全ての物はその周囲の全ての物から、なにがしかの影響を受けるものだ。
 そして、生命にも非生命にもそれは繋がってゆく。無数に、無限に、細胞も現象も増殖し、そして果ててゆく。

 しまった。まっすぐな貝と違い、折れにくく強度のある貝殻。こいつはマカロニに擬態したヤドカリだ。その無限螺旋に吸い込まれながら、俺は理解する。幾つものマカロニ。それは彼らの抜け殻ではなく小さな棺であり、時空を超えて次々と棲み処を替える捕食者に食糧を提供し、緩慢な終焉に向かって脱皮していたのだ。
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