後編
文字数 1,502文字
いざ答案が見つかってみると無性に腹が立ってきた。
底知れない悪意を感じる。クラスメートの誰も信用できなくなってきた。トイレにも気軽に行けなくなってしまった。私がトイレにいる間に、誰かが鞄を開けているかもしれない。
見つかった答案は、家に帰ってから、エアコンの下に置いて乾かした。パリパリになった答案は、ぐちゃぐちゃだった時よりは文字が読み取りやすくなっていた。自分の点数や、先生達がつけてくれた赤丸を、私は冷めた目で眺めた。
犯人は、意外と早く見つかった。
体育の時間が終わり、私が教室に戻ってみると、がたっという音とともに、私の席から離れた奴がいたからだ。
「あなた、誰?」
見覚えがなかった。短くおかっぱにした髪、銀縁のメガネ。とても頭のよさそうな子だ、と思った。
その子のスカートからのぞいた足が震えているのがわかった。私は、何を言っていいかわからず、教室の入り口に立ち尽くしていた。
下の階から昇ってくる同級生たちの話し声で我にかえった。
「とにかく」
と教室に踏み込もうとしたとき、その子はきっと私を睨みつけ、ツカツカと私の方に向かってきた。
あとずさりしかけた私の脇を早足で通り過ぎながら、
「⋯⋯あなたが悪いのよ」
とつぶやいて、その子は廊下を歩いていった。
その子が誰かはすぐわかった。うちの学校はそんなにたくさんクラスがあるわけじゃないので、注意して探せばすぐどのクラスかわかってしまう。
「ああ、あの子ね。無茶苦茶頭いいんだよ」
その子のクラスの比較的話しやすい子にきいてみると、そう教えてくれた。
「でも、なんか声かけにくいんだよね。私たちと距離を置いているっていうか」
そんな子が自分と同学年にいるなんて知らなかった。そのことに自分自身で驚いた。
私は、あの子の存在すら知らなかった。あの子がなんで私の答案を盗んで、畦道沿いに捨てたのかは、きいてみなければわからない。でも、存在すら認識されない、ということを屈辱と感じている子がいても不思議じゃない。
まして、無茶苦茶頭がいいのならば。私なんかが、ちょっといい点数とったくらいで先生達に褒められているのが許せなかったんじゃないだろうか。
そして、私は本当に、いい成績とって、先生に褒められて、それで嬉しかったのかな。私は、なんのために勉強してるんだろう?
「ねえ、ちょっと一緒にきてくれない?」
次の日の朝、私は一時間目が始まる前に、その子の教室に行って声をかけた。
ビクッとしたその子は無言で私を睨んできた。
周囲の子達がざわざわとしているのを感じながら、私はその子の手をとって、外にでた。
「ちょっと、なんなのよ! 私、あなたに用事なんてないんだけど!」
「いいから一緒にきて」
私はその子を引きずって、校舎裏の焼却炉に来た。用務員のおじさんはいなかったが、ちょうど煙がたち始めていた。雪で濡れた落ち葉の燃える湿った匂いが鼻をついた。
私はポケットから、重ねて四つ折りにした答案をとり出した。私の答案は、乾いてごわごわのしみだらけになっていた。焼却炉の鉄の扉を開けると、ちろちろと頼りなく燃える炎が見えた。私は、炎めがけて、泥色に染まった答案を投げ入れた。
答案の端っこに炎が届き、ゆっくりと焦げていくのを見ながら、扉を閉じた。
振り返ると、女の子は口元をひくつかせて青白い顔で、煙突から立ち上る煙を見上げていた。
「あなたが気にするほど、私は成績よくないよ。頭も良くない」
私は、校舎に戻りながら小声で言った。
「あなたが同じ学年にいること、私、知らなかった。でも、もう、私は、あなたを知ってる。絶対あなたのこと、忘れないよ。いままで、ごめんね」
底知れない悪意を感じる。クラスメートの誰も信用できなくなってきた。トイレにも気軽に行けなくなってしまった。私がトイレにいる間に、誰かが鞄を開けているかもしれない。
見つかった答案は、家に帰ってから、エアコンの下に置いて乾かした。パリパリになった答案は、ぐちゃぐちゃだった時よりは文字が読み取りやすくなっていた。自分の点数や、先生達がつけてくれた赤丸を、私は冷めた目で眺めた。
犯人は、意外と早く見つかった。
体育の時間が終わり、私が教室に戻ってみると、がたっという音とともに、私の席から離れた奴がいたからだ。
「あなた、誰?」
見覚えがなかった。短くおかっぱにした髪、銀縁のメガネ。とても頭のよさそうな子だ、と思った。
その子のスカートからのぞいた足が震えているのがわかった。私は、何を言っていいかわからず、教室の入り口に立ち尽くしていた。
下の階から昇ってくる同級生たちの話し声で我にかえった。
「とにかく」
と教室に踏み込もうとしたとき、その子はきっと私を睨みつけ、ツカツカと私の方に向かってきた。
あとずさりしかけた私の脇を早足で通り過ぎながら、
「⋯⋯あなたが悪いのよ」
とつぶやいて、その子は廊下を歩いていった。
その子が誰かはすぐわかった。うちの学校はそんなにたくさんクラスがあるわけじゃないので、注意して探せばすぐどのクラスかわかってしまう。
「ああ、あの子ね。無茶苦茶頭いいんだよ」
その子のクラスの比較的話しやすい子にきいてみると、そう教えてくれた。
「でも、なんか声かけにくいんだよね。私たちと距離を置いているっていうか」
そんな子が自分と同学年にいるなんて知らなかった。そのことに自分自身で驚いた。
私は、あの子の存在すら知らなかった。あの子がなんで私の答案を盗んで、畦道沿いに捨てたのかは、きいてみなければわからない。でも、存在すら認識されない、ということを屈辱と感じている子がいても不思議じゃない。
まして、無茶苦茶頭がいいのならば。私なんかが、ちょっといい点数とったくらいで先生達に褒められているのが許せなかったんじゃないだろうか。
そして、私は本当に、いい成績とって、先生に褒められて、それで嬉しかったのかな。私は、なんのために勉強してるんだろう?
「ねえ、ちょっと一緒にきてくれない?」
次の日の朝、私は一時間目が始まる前に、その子の教室に行って声をかけた。
ビクッとしたその子は無言で私を睨んできた。
周囲の子達がざわざわとしているのを感じながら、私はその子の手をとって、外にでた。
「ちょっと、なんなのよ! 私、あなたに用事なんてないんだけど!」
「いいから一緒にきて」
私はその子を引きずって、校舎裏の焼却炉に来た。用務員のおじさんはいなかったが、ちょうど煙がたち始めていた。雪で濡れた落ち葉の燃える湿った匂いが鼻をついた。
私はポケットから、重ねて四つ折りにした答案をとり出した。私の答案は、乾いてごわごわのしみだらけになっていた。焼却炉の鉄の扉を開けると、ちろちろと頼りなく燃える炎が見えた。私は、炎めがけて、泥色に染まった答案を投げ入れた。
答案の端っこに炎が届き、ゆっくりと焦げていくのを見ながら、扉を閉じた。
振り返ると、女の子は口元をひくつかせて青白い顔で、煙突から立ち上る煙を見上げていた。
「あなたが気にするほど、私は成績よくないよ。頭も良くない」
私は、校舎に戻りながら小声で言った。
「あなたが同じ学年にいること、私、知らなかった。でも、もう、私は、あなたを知ってる。絶対あなたのこと、忘れないよ。いままで、ごめんね」
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