第1話

文字数 1,002文字

山はまず登る。そして降る。
谷はまず降る。そして登る。
当たり前のことだ。
元の場所へと戻るためには一度登れば、降らないといけない。逆も然り。

人は生まれては死ぬ。
生まれることが降りなのか登りなのか、、、それは分からない。
私は生まれた時はすでに降っていたと思う。
誰にも求められていない“生”だった。
生まれた時、すでに父は浮気相手の方へ行き、それまでにも母は暴力を振るわれていたという。
母は18歳、父は35歳。そもそも望まない妊娠で、母はそれでも私を産んだ。
理由はなんだろう。今では本人に聞くことすら出来ない。
なぜなら私が10歳の時、強姦されたあげく、殺されたのだから。
母が死んでも私は涙というものに縁が無かった。
いつも母は帰りが遅く、何かにつけ私を怒鳴り、ひどい時はビール瓶で殴られた。
そんな母親が死んだ。なんとも思わなかった。死んだ。この三文字で充分だろう。

母がいなくなり、私は施設に預けられた。
そこからは少しずつ登って行った気がする。
温かいご飯、寒さを凌げる布団、殴る大人もいない。それだけで充分だった。
みんなの当たり前が私の最大の幸せだった。

中学を卒業した後、すぐに働き始めた。もちろん正社員ではなく、契約社員だ。
しかし、自分の好きなものを食べて、好きなだけテレビを見て、好きなだけ寝れる。
その“自由”が私はとても幸せだった。これも当たり前なのだろう。
しかし、私にとっては当たり前ではなかった。
全ての人にとっての当たり前など存在しないのだ。
人それぞれが、それぞれの価値観を持ち、それを基準に生活をする。
だからこそ殺しは無くならない。

契約社員で働いていた時、それが子供の頃に降った分、登った時間だった。
あとは水平線のように真っ直ぐと登りもなければ降りもない人生だった。
人生とはそういうものなのだろう。
人生に意味なんてない。産まれてきたことに意味はない。
ただ、産まれて死ぬだけだ。
その間に登ったり降ったりして、そのあとは全てが水平線に帰着する。

水平線が低い人もいれば高い人もいるだろう。
いわずもがな。私は低い人間だ。
それがどうした?
最後に持っていけるものなんて無いのだから、誰もが終着点は同じなのだから、期待しない。
私を見て哀れだと思う人がいるだろう。醜いと思う人がいるだろう。
それでも私は自分の人生を最後まで歩き切った。
それだけは胸を張って良いのではないか。
最後に死というゴールテープを思いっきり切ってやる。

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