第1話

文字数 955文字

 らについて                   

 たとえば新聞の見出しなどで、こんな記述をよく目にする。**氏らと共に、とか、**さんらはなんとかかんとか。
らには数人ほどが含まれる。名前を書かれなかった人達だ。
らを見るたびに、私はどうしても、らに入れられた人達のことを考えてしまう。おそらく私が、らの側の人間だからだろう。いや、らに加えてもらえるだけでも大変なことで、光栄なことなのかもしれない。
私は想像する。**氏ら、と書かれているのを見たときの、らの人達の気持ちを。
ら①はこう思う。そうか、私はらに入ってるのか。なんとなく胸がもやもやとする。そのうちに、自分が気分を害しているのに気付く。ら②は、フンとすぐにふてくされる。どうせ私の名前なんか書いたって誰も知らないんだからインクと紙面の無駄だよね。ら③は、静かに新聞をたたんでコーヒーを飲む。ま、今までの人生、特に目立ったことをしてないんだから当然か、と思いながら。ら④は、逆にホッとする。表立って何かをしたくない人なのだ。ら⑤は、何も思わない。さらっとした性質で、何事にも関心が薄いのだ。仙人のように達観しているのかもしれない。
らの一文字の中には、沢山の人生が詰まっている。想念や妄想や嫉妬やあがきの渦巻きを感じる。自分がらに含まれているのを目にして、一念発起する人も中にはいるかもしれない。らなんか俺は嫌だ。らから抜け出してやる!
そして、ら三の挑戦が始まる。ら三は、無事にらから抜け出し、果たして名前を得ることができるのだろうか。その道程を記録したものが、伝記となる。もちろん、ら三が最終的に世間において名前を獲得することができたなら、の話だが。一生らのままだったら、それは自伝だ。遠くから、ら一、ら二は、あいつ頑張ってるなぁ、とら三の奮闘ぶりを眺めつつ、それぞれの人生を歩む。
想像を巡らしてみると、ら達の人生はなかなかバラエティに富んでいて面白そうだ。だいたいが、らに甘んじたまま一生を終えるのだろう。どうせ私はらですよ、と一瞬ちょこっと憤慨して、すぐに忘れてしまう。らなんか嫌だー、と実際に何か行動を起こすのは、ごく一握りなのかもしれない。というか、こんなら一文字に思いを馳せている私は、相当に細かい上に、とんでもなく自意識過剰な人間なのだろう。

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