第三章 友

文字数 1,745文字

通常、ギターを始める年齢は中学生か高校生の時であると思う。なので既に25歳の僕がプロのミュージシャンになるには年齢的なハンデがあった。バイトをしながら時間の許す限り練習したが、やはり現実はそんなに甘くはなく中々上達しなかった。上手くなりたくて音楽教室にも通った。それでも同年代のミュージシャンとの技術的な差を埋めることは出来なかった。ギターを始めて三年が過ぎたある日、突然中学時代の友人が自宅を訪ねて来た。卒業以来だったので本当に久しぶりだった。その友人、龍二は僕達の中学校の番長だった。かっこだけの僕と違い、数々の武勇伝を持ち少年院にも行った、筋金入りのヤンキーだった。実は僕は中学を卒業してから不良も卒業して真面目になっていた。高校、大学にも行った。中卒で社会に出て暴走族にまでなった龍二とは疎遠になっていた。まだ携帯やスマホの普及して無い不便な時代だった事も有り、お互いに全く連絡を取っていなかった。急な訪問に戸惑ったが、僕は喧嘩が強かった龍二を尊敬していたので、再会は嬉しかった。僕達は近況や昔話に花を咲かせた。驚いたが龍二は社長になっていた。会社を作って3年と言うから、丁度僕がギターをやり始めた頃に立ち上げたのだ。後から知ったがゴリゴリの営業会社で、年商数十億円の会社を経営していた。でも驚いたのはそれだけでは無かった。何と龍二もギターを弾き始めたと言うのだ。運命を感じずにはいられなかった。

後日、僕は龍二に三度驚かされた。一緒にストリートで歌おうと言うのだ。僕は人前で歌う自信が無かった。恥ずかしかった。ギターキャリアは僕より短かったが、龍二は弾き語りの経験があるようで、人前で演奏すればもっと上手くなるから、と僕を説得した。それでも僕は首を縦に振らなかった。ただでさえシャイな自分が、ストリートミュージシャンのような大それた真似が出来るはず無いと思っていた。でも龍二が二人のデビューは東京へ行こうと言った時、僕の心臓がドキリと鳴った。東京。憧れの中島みゆきの暮らす街である。ドクンドクンと鼓動が早まった。もしかしたら会えるかも知れない。悩んだ末、僕はバイトを辞めて、龍二と一緒に東京へ行く決意を固めた。龍二もしばらくの間は、会社を奥さんに任せる事にしたと言っていた。そうなのだ、龍二は結婚していたのだ。可愛い娘達も居た。着実に自分の生活を築いている、元暴走族総長と言う経歴を持つ同級生が、何だか羨ましかった。片や僕は30歳を目前にして未だにフリーターで、彼女もおらず実家暮らしだった。そんなダメダメな僕の唯一の望みは中島みゆきと会う事だったのだ。僕は龍二に付いて東京を目指した。

僕達は何の予定も立てずに、龍二の車で東京へと向かった。龍二は中学時代と変わらず元気一杯だった。目はランランと輝き体中からエネルギーがみなぎっていた。車中で僕は中島みゆきへの想いを打ち明けた。龍二は必ず会えると応援してくれた。社長になる夢を叶えた龍二にそう言われると、何だか本当に会えそうな気がした。東京へは夜の9時半頃に着いた。僕達は早速デビューの場所を探し始めた。新宿にしようか、六本木にしようか、池袋にしようか、と煌びやかな夜の東京をパジェロで徘徊した。最終的に龍二が選んだ場所は渋谷だった。しかもセンター街のど真ん中。僕は焦った。初めて人前で歌うのが、まさか人だらけの渋谷センター街になるなんて。本当に心臓が喉から飛び出すんじゃないかと思うほど緊張した。僕達は通りの入り口からちょっと入った所、シャッターの閉まっている店先を選んで場所取りをした。歌う準備が整った。いよいよだ。右横に立つ龍二の顔をチラリと見た。龍二は笑っていた。信じられなかった。何故この状況で笑えるのか。でもその笑顔に僕は勇気をもらった。深呼吸して握り締めたピックを振り下ろした。その頃の僕達はまだオリジナル曲が無かったので、デビュー曲に選んだのは、中島みゆきの「悪女」だった。感激した。この僕が人前で、みゆきを歌っている。何の取り柄も無かった僕がギターを弾きながら街角で歌っている。それは僕にとっては奇跡だった。とても嬉しかった。龍二も本当に楽しそうに歌っていた。その思い出は僕の胸の中で、永遠に光輝く青春の1ページだ。
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