第1話

文字数 723文字

昔、「龍を探している」という男が村に来た。

親兄弟に死に別れ、独り、畑仕事や機織りをして
暮らしていた女の家に入り、
二人は夫婦のように暮らした。そのまま三年。

女も村人たちも(男は、このまま村に居つく気だろう)と
思い始めた頃、突然、ふたたび龍探しの旅に出てしまった。

またぽつんと独りになった女を、村の者たちは口々に慰めた。
しかし、内心では
(きっとこの女が余程つまらぬゆえ、男は龍を口実に
捨てて逃げたに違いない)とあざ笑った。

それからも女は、昔と同じように働き、生活を続けた。

しかし、ある日、森へ山菜採りに出かけた女は
帰ってこなかった。
行方知れずになってから五日目、村の猟師が
森の中の池の畔で、山菜の入った籠と、女のものらしい
草履を見つけた。
きっと女は、捨てていった男を恨み、世をはかなんで、
入水してしまったに違いない。
人々はそう噂した。それから、数十年が過ぎた。

女が消えた森の中の池は、言い伝えがねじ曲がり、
いつしか『龍の住処』と呼ばれるようになって、
その話を聞きつけたあの男が、数十年ぶりに
村へ帰って来た。
年老いた男を、あの時の龍探しの男とは、誰も
気付かなかった。

男は森へ入って、冴え冴えとした池の畔にやってきた。

龍よ、いるのか。
お前を求めて、俺は、この人生を、彷徨うことに
費やしてきた。
どれだけ大事なものを捨ててきたか、わからぬのだぞ。
おい、龍や、龍や、いるなら、返事をしてくれ。

男が呼びかけを繰り返すと、
池の中心に、こぽこぽと、泡が湧いた。
何かが浮かび上がってきた。
男は狂喜して、それを抱きしめようと、
池の中心に向かって、歩いて行った──。


〈おわり〉
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