二人の視点

文字数 1,665文字

 僕は今日も君の面影を求めてカメラのシャッターを切り続ける。
 君と初めて出会ったのは夕暮れ時の河川敷だったね。夕日の写真を取ろうとしていた僕の前を、ジョギング中の君がうっかり横切ってしまって、慌てて「ごめんなさい」と謝ってきた。僕は「気にしないで」と笑顔で返す。それが僕達のファーストコンタクト。

 それからもお互いに何度か河川敷で顔を合わせるようになって、君が僕の撮った写真に興味を示してくれるようになって、君と過ごす時間は僕の中でどんどん掛け替えのないものになっていった。

「……もう一度、うっかりカメラの前を横切ってくれよ」

 夕暮れ時の河川敷の写真を撮って回る。君はどこにも写らない。


 初デートは動物園だったね。色々な動物たちをバックに、君の写真を何度も撮った。記念撮影のライオンのパネルに収まった姿も可愛らしかったな。帰りにはお土産にライオンのぬいぐるみも買ったね。

「……良い写真だけどさ」

 思い出の動物園でたくさんの動物を撮って回った。味わい深い写真がたくさん撮れたけど、いつだって主役だった君の姿はもうそこにはいない。


 君と半年間暮らした部屋は、一カ月が経った今でも代わり映えはしない。ソファーには君のお気に入りだったライオン君のぬいぐるみが今でも鎮座しているよ。何もかが君がいた頃のままなのに。君の存在だけが欠けている。

 ファインダー越しに覗いても、君はこの部屋のどこにもいない。もう二度と、僕にその快活な笑顔を向けてくれることもない。そのことが悲しくて仕方がない。

『天が癒すことのできぬ悲しみは地上にはない』

 ユートピアの著書であるトマス・モアが残した言葉。
 以前写真をコンテストに送った際にキャッチコピーとして使ったことがある。
 僕の抱えたこの悲しみも、いつかは癒える日が来るのだろうか?
 
 ※※※

 君は今日もカメラのシャッターを切っているね。
 君と初めてお話しした日のことは今でもよく覚えているよ。
 お付き合いしている時には恥ずかして言いだせなかったけど、実はあの時、カメラの前を横切ったのはわざとだったの。河川敷で写真を撮る君のことは前から気になっていた。お話するきっかけが欲しくてあんなことをしたんだよ。
 あの日を再現するように、カメラのシャッターを切る君の前を横切ってみたけど、君は私には気づいてくれない。


 動物園デート、楽しかったな。恋人と動物に行くのがずっと夢だったの。叶えてくれてありがとうね。帰りにライオンのぬいぐるみを買ったのは、衝動的だったんだよ。あの子の顔が君に少しだけ似ていたから。これも結局、言いそびれちゃったな。
 君の撮った写真に何度も写り込もうとしたけど、その反応を見るにやっぱり気づいてくれないみたいだね。その間も、動物たちは私をずっと視線で追っていた。こういうのはやっぱり、動物の方が敏感だったりすのかな?


 二人で過ごした部屋は一カ月たった今でも変わらない。
 ご飯は食べているみたいだけど、不意にフラフラと私の面影を探しにいく君の後ろ姿は見ていて痛々しい。

『大丈夫だよ。私はここにいるよ』

 笑顔でそう訴えかけても、君は目の前の私に気付いてくれない。
 鈍感な奴め。と言うのは流石に可哀想だよね。霊感なんて、持っている方が少数派なんだから。肉眼で捉えらないのは仕方がない。カメラ越しなら心霊写真という形でアピール出来るかもと頑張ってたみたけど、そう都合よくはいかないみたい。現実は厳しいね。私はもうこの世の理からは外れているけれど。

 だけど、一つだけ安心したこともある。カメラを構えている時の君の真剣な眼差しは健在で、カメラは君の体の一部なんだなと再確認することが出来た。
 君が前につけた写真のキャッチコピー。誰の言葉なのかは元ネタは知らないけど、あの言葉、私も大好きだよ。
 写真と向き合う時間がきっと、君を少しずつ癒してくれる。
 君が立ち直れたなら、私もきっと心置きなく成仏することが出来ると思うから。その時までもう少しだけ見守らせて。『天に癒せぬ悲しみは地上にはない』んだよ。

 

 了
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