マリアムの決意

文字数 1,971文字

 中学の修了試験に合格し、高校への進学が決まった。マリアムは歓声をあげたい気持ちを抑え、静かに喜びを噛みしめている。女子生徒だけの教室を見渡すと明暗が混在していた。不合格だった者は留年か中退のどちらかしか道はない。言わずともその様子を見るだけで不合格だと分かる者の前で、喜びを(あら)わにするのは躊躇(ためら)われるのであった。
 小学校から共に過ごしてきた大親友のシェイラのもとへ向かう。彼女も無事に合格しており、同じ高校へ進めることが分かった。二人は笑みを(たた)え、固く抱き合う。夢にまた一歩近づけた喜びがあふれる抱擁だった。季節が移ろい雨期を迎える16歳のことである。

 二人の夢は大学に進学すること。そして学んだ知識と経験を活かして、この国の女の子が未来に希望を持てるようにすることだった。
 この国において女性で大学まで進学できる者はほんの一握りである。特に二人の住む村は経済的に貧しい地域で、小中学校へ行くことすらままならない家庭も多い。
 貧困にあえぐ家庭は幼い子供たちさえも必要な労働力とみなされる。家事労働なり肉体労働なりして僅かな給金をもらわねば、日々の食事にありつけない。学業よりその日を生き抜くことを優先されるため学校は休みがちになり、勉強についていけず諦めてしまう。そうして同級生が学校をやめていく姿を何度も目の当たりにしてきた。
 特に女の子は嫁に出されてやめる子が目立つ。早い子は10歳という年齢で出されてしまう。
 幼くして嫁に出される理由は、まず第一に結婚は必ずするべきことであり、未婚は恥であるという考えが根付いている。それに加えて、結婚の際には新婦側の家族が新郎側の家族に多額の持参金を贈答する風習もある。ただし新婦の(とし)が若ければその持参金は不要にして縁談を進めることも多い。いずれ嫁に出すことを考えたとき、貧困家庭にとって持参金の負担がなくなることは非常に大きいため、たとえ幼い子供であっても結婚させることに躊躇いはないのである。
 たいてい親の一存で決められてしまい、特に「父親の言うことは絶対」とされているため、女の子の意思は尊重されない。そして幼くして結婚した女の子たちの多くは、男性優位の社会に放り出されて人権を蹂躙(じゅうりん)され、齢の離れた夫や義理親からこき使われ、家庭内暴力や虐待に発展することも珍しくないのである。
 マリアムにとって幸いだったのは、両親が「教育」の大切さを理解していることであった。
 母も16の齢に若くして結婚した一人で、マリアムを初め六人の子供を産んでいる。だが母にはマリアムたちに「教育」を与えるという強い意志があった。学びがないから仕事で稼ぐことができない。それが新たな貧困を生み、果ては人権を侵害する。この負の連鎖を断ち切るために、仕事を転々としながら模索を続け、国際機関のプロジェクトに参加すると、支援金を受けて自ら事業を立ち上げるまでに至った。事業は順調に成長し、利益は子供たちの教材費と栄養価のある食事に充てられ、健やかに学べる環境を整えていった。
 マリアムの家庭に触発されて他の家庭も女の子を学校に通わせようという機運が高まり、母の尽力は少しずつ村にも変化をもたらしている。母の背中を見て育ったマリアムはシェイラと共に、「子供ジャーナル」という少年少女で構成された権利向上のコミュニティを作り、積極的に活動に励んだ。しょせん子供のお遊びとあしらわれ無力感を味わうことも多いが、母に支えられながらシェイラとコミュニティを育くみ、ここまで続けてこられている。
 高校でさらに学びを深めて大学へ行くことができれば、多くの女の子たちが未来に希望を持てる。これからもシェイラと二人三脚で進んでいけるならこれほど心強いことはない。そう思っていた——。

 高校入学を目前としたある日、シェイラは「学校へ行けなくなった」と伝えてきた。青天の霹靂である。だがマリアムはその理由をすぐに直感した。聞きたくなかったが、「なんで」と口を衝いていた。
「結婚が決まった」
 悔しさと憤りを(たぎ)らせたシェイラの瞳から涙が伝い落ちた。
 父親の都合による結婚らしかった。父親の働く職場の雇用主から倅の嫁にと打診があり、ほぼ即決したのだという。
 断るという選択肢は選べない。父親の言うことは絶対なのである。
 マリアムはあまりのやりきれなさに、シェイラを抱きしめると嗚咽が漏れた。
 この国を呪いたかった。
 なぜ、たやすく人の夢を奪うのか。
 なぜ、あっさりと生きる希望を打ち砕くのか。
「マリアムは絶対、夢を叶えてね。あなたならきっと大丈夫」
 シェイラの言葉は胸を熱くし、マリアムはたまらず声を上げて泣いた。悲しみと怒りを(はら)んで放たれた声は空を(とどろ)かせ、やがて降りしぶく雨に打ちつけられながら、強靭な決意が身体の奥から湧き起こるのを、マリアムは感じた。
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