いきなり。

文字数 1,992文字

(─ 最悪だ)

 いつもは、鞄に折りたたみの傘が入っているのに。

 たまたま忘れた放課後に、大雨に見舞われるとは。

(── どうやって帰ろう)

 私は一人っ子だし、両親は共稼ぎ。

 家に電話したところで、傘を持って迎えに来てくれる人などいる筈もない。

 校舎の玄関の軒下で、私は立ち尽くす。

 ふと背後に、人の気配。

「北さん?」

「えーとぉ」

「悲しいなぁ。クラスメートなのに、名前を覚えてくれてないんだ」

「…ごめんなさい」

「大吾だよ。里見大吾」

 傘が、私の目の前に差し出される。

「貸してあげる」

「え?!

「僕は別に、折りたたみの傘も持ってるから」

「でも、男の人から傘は……」

「はい。え・ん・りょ、し・な・い」

 強引に傘は、私の手に握らされた。

「こ、これって──」

「そのうち返してくれれば、い・い・か・ら。」

 鞄から取り出した、折りたたみの傘を広げる里見君。

「じゃあねぇ。また、あーしーたー」

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(名前も覚えてない クラスメートの男子から、いきなり──)

 校門に向かって遠ざかる、里見君の傘。

(…愛の告白をされてしまった)

 見送りながら、私は考える。

(……私………どうしたら良いの?)

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「さ、里見君──」

 校内の穴場。いつものベンチ。

 並んで座っているウチらを目指して、見知らぬ女が近寄ってきた。

「ダイ。あの子 知り合い?」

「えーとぉ、同じクラスの北さん」

 つかつかと歩いてきたその女は、大吾の前で立ち止まる。

「これ…受け取って下さい!」

 差し出されたのは、明らかに本命なチョコレート。

「─ 私からの愛です」

 成り行きを見守っていたウチの口から、声が漏れる。

「は?!

「あなたには、関係ありません。」

「いや、ちょっとまってくれる!?

 ウチと大吾は、明らかに今 じゃれ合っていた。

 それも、いちゃいちゃオーラを盛大に 周囲に撒き散らしてだ。

「アンタ、一体どういうつもりで──」

「里見君。これが 先日あなたがしてくれた、愛の告白に対する私の答えです!」

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「ダ・イ?」

 ウチはゆっくりと隣を見た。

「─ コイツに、そんな事したの?」

 目を大きく見開いた大悟は、激しく頭を左右に振る。

「まあ…そうだよねぇ」

 この子は、うちにベタぼれだ。

 それには、絶対の自信がある。

「ねえアンタ。この子 身に覚えがないって言ってるし──」

 迷惑女を、ウチは睨める。

「…他の誰かと、間違えてない?」

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「さ、里見君?!

 迷惑女は、一歩踏み出した。

「つい…先日、私にしてくれた事を 忘れてしまったのですか?」

 ベンチから立ち上がったウチは、大悟を守るべく ふたりの間に割って入る。

「この子が、アンタに何をしたって言うの?」

「私の手に、傘を無理やり握らせたじゃないですか??

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「えーとぉ、北さん?」

 ウチの背後で、大悟の立ち上がる気配がした。

「それって、この前の雨の日に 傘を貸してあげた事を言ってるのかな?」

 頷く迷惑女。

「はい。あの日のあなたは、無理やり私の手に 傘を握らせました」

「それは…遠慮した北さんが、受け取ろうとしなかったから仕方なく……」

「あれこそは紛う事なく、私への愛の告白じゃないですか!?

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(─ こいつ、おかしい)

 状況を見ていたウチは、得も言えぬ恐怖に襲われた。

(── 多分 この女には、普通の理屈は通じない)

 この厄災に、どう対処したら良いのか判らない。

(─── ダイの事は ウチが守らないといけないのに!)

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「みーちゃん」

 里見君はいつの間にか、無関係女の横に立っていた。

「手、出して」

 女の手首を取って、自分の方に引っ張る。

「これ、貸してあげるね」

 何と、傘を握らせたのだ。

 私は怒りに震えた。

「あ、あなたは…な、何て事を……」

「北さん。僕って、誰にでも こんな事をしちゃう男だから」

 こんな最低な男を愛する事など、私には出来ない。

「─ 残念ながら あなたからの告白、お断りさせて頂きます。」

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「ごめんね。みーちゃん」

 遠ざかる迷惑女を見送りながら、ダイは呟いた。

「─ なんか、変な事に巻き込んじゃって」

 ウチはダイの腕を引いて、ベンチの隣に座るように促す。

「理屈は良く解らないけど、とにかく、あの迷惑女が引き下がってくれて良かった」

「そうだね」

「これに懲りたら…ウチ以外の女の子には むやみに優しくしない様に。」

「…ヤキモチ?」

 わざとらしくウチは、怒ってみせた。

「今年のチョコ、あげるの 止めよーかな」

「何でぇー みーちゃんの手作り、毎年 楽しみにしてるのにぃ」

 一通り、拗ねるダイの様子を堪能するウチ。

 頃合いを計り、気合を入れて準備した包を あくまでも渋々な感じで差し出す。

「はい、はい。じゃあハッピーバレンタイン」

「やったぁ。みーちゃん大好き♡」
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