オオナマコさん驚いた
文字数 1,973文字
「キャッ!見て、ナマコたくさんいる!」
「うわ、ホントだ…すげえ不気味!」
いつの間にか水が温かくなって、賑やかな季節に移っていた。ワタシは、いつものように水底の白い砂に横たわって水面を仰いだ。太陽と水色の空が揺らいで見える。 水しぶきは、ワタシがゆったり寝ている近くをガシャガシャとかき回す。
けれど、こんなことはよくあるので、ワタシは驚かない。
こんな日は、テーブルサンゴに隠れていた方が面倒くさくないのだが、うっかり居眠りしていたので出遅れてしまった。
いつだったか、ワタシには目や耳がないと得意そうに話していた人間がいたが、体表面に細かく埋め込まれた感覚器官があるので、全部聞こえるし見えている。
「こいつら、こするととけるって知ってる?」
その声と共に突然、バシャっと長い腕が水面から突き刺さってきて、ワタシの隣りで食事中だったクロさんを手荒くつかみ上げた。
「イヤだ!こっち持ってこないで!」
「みてろよ、ほら…あれ?カチカチになった…。」
「なんだよ、とけないぜ?」
どうやらクロさんは体を硬化してやり過ごしたようだ。再び水しぶきが上がり、クロさんが派手な音を立ててこちらへ落下する。白い砂が舞い上がった。
こんなことはよくあるので、ワタシは驚かない。
「お前、ナメクジと間違ってるんじゃないの?
ナマコがとけるはずないだろ!」
「ちがうよ、何かの本に書いてあったんだ!」
ナメクジとは会った事が無いのでどんな方か知らない。ワタシ達が身に危険を感じた時、溶けることがあるのは間違いではないけれど、そう簡単に使わない技だ。一度溶けたら再び体を元通りにするまで時間がかかるのだから、好き好んで溶けたくはないものだ。
賑やかな声は去りそうも無く、とんでもないことを言い出した。
「だまされたな…そうだ!こんなにいるんだから、ナマコ投げ競争でもしてみるか!」
こんなことはよくあるので、ワタシは驚かない。
それにしても、たくさんいれば投げられて、滅多にいなければ珍しくて捕まるのだから、困ったものだ。特にワタシぐらいの貫禄だと、見つかると面倒なことになる。
「オイ!こっち見てみろ!すげえの発見!」
ほら、案の定騒ぎになってしまった。真上に声が集まる。ああ、そんなに砂を巻き上げないでほしい。今からゆっくりと食べようと思っていたところなのだ。
「こんなオバケみたいの触ったら、きっと呪われるよ…。」
のろうとはどういう事なのか…考えようとした次の瞬間、ワタシは二本の腕につかまれて水面から飛び出した。
こんなことはよくあるので、ワタシは驚かない。
しかし、全身水から出たのは何年ぶりだろう。太陽は水底から見たより何十倍も激しい。
「よし、じゃオレ一番。せーの!」
ワタシは宙を飛んだ。風が、奇妙な音を立ててワタシの体表面を逃げていく。青い水面が果てしなく遠のいたと思ったら、白い砂地が急に迫ってきた。ワタシはすばやく体の半分を柔らかくして、衝撃を逃がした。成功だ…これはかなり熟練が必要な技なので、一つ間違えると命を落とす事もある。
「バカだな!気合入れ過ぎ。あーあ、砂に埋まっちまって、ぐったり動かないし。」
「ま、こいつらは痛いとか感覚もないだろ。」
「やだ…投げた人は呪われるよ、絶対!」
そんな勝手なことを言いながら、何がおかしいのか大笑いしている。痛くないはずがない。ワタシが上手く避けたので無事でいられたのだ。彼らが間違いだらけなのを教えてやりたいが、声と水しぶきは遠ざかりつつあった。
砂の上で、仰向けの腹が乾いてきた。ワタシは照りつける太陽を眺め、体表面を30%縮めた。こうすれば水分を逃がさず、日没までに仰向けの体を元に戻せるだろう。そして、月が上がる頃には、満ち潮で住み家へ帰れるだろう。
こんなことはよくあるので、ワタシは驚かない。
ところが次の瞬間、驚くことが起きた。ワタシは、再び何者かに体をつかまれた。一日に二度も体をつかまれることはめったにない。
けれど、先ほどの手荒さとは違う。柔らかい手がそうっと、砂とワタシの間に割り込み、静かな声が降ってくる。
「大丈夫?オオナマコさん…。」
オオナマコさんとはワタシのことだろうか。
「ひどいいたずらされてかわいそうに。早く水中へ帰って、元気になって。」
細い腕は、ワタシの巨体を持ち上げるのが一苦労らしい。懸命に運ぶ筋肉の震えが伝わってくる。
ワタシは、クリーム色の砂と波の間へそっと置かれた。白い波が泡立って、声の主は見えなかった。
ワタシの体の表面には、小さな手のひらの跡が残った。
いつもならば体の表面についた跡はすぐに消してしまうのだが、ワタシはそれを残しておくことにした。
こんなことはよくあることではないので、大切な記念に、とっておくことにした。
長く生きていると、たまには驚くことがあるものだ。
「うわ、ホントだ…すげえ不気味!」
いつの間にか水が温かくなって、賑やかな季節に移っていた。ワタシは、いつものように水底の白い砂に横たわって水面を仰いだ。太陽と水色の空が揺らいで見える。 水しぶきは、ワタシがゆったり寝ている近くをガシャガシャとかき回す。
けれど、こんなことはよくあるので、ワタシは驚かない。
こんな日は、テーブルサンゴに隠れていた方が面倒くさくないのだが、うっかり居眠りしていたので出遅れてしまった。
いつだったか、ワタシには目や耳がないと得意そうに話していた人間がいたが、体表面に細かく埋め込まれた感覚器官があるので、全部聞こえるし見えている。
「こいつら、こするととけるって知ってる?」
その声と共に突然、バシャっと長い腕が水面から突き刺さってきて、ワタシの隣りで食事中だったクロさんを手荒くつかみ上げた。
「イヤだ!こっち持ってこないで!」
「みてろよ、ほら…あれ?カチカチになった…。」
「なんだよ、とけないぜ?」
どうやらクロさんは体を硬化してやり過ごしたようだ。再び水しぶきが上がり、クロさんが派手な音を立ててこちらへ落下する。白い砂が舞い上がった。
こんなことはよくあるので、ワタシは驚かない。
「お前、ナメクジと間違ってるんじゃないの?
ナマコがとけるはずないだろ!」
「ちがうよ、何かの本に書いてあったんだ!」
ナメクジとは会った事が無いのでどんな方か知らない。ワタシ達が身に危険を感じた時、溶けることがあるのは間違いではないけれど、そう簡単に使わない技だ。一度溶けたら再び体を元通りにするまで時間がかかるのだから、好き好んで溶けたくはないものだ。
賑やかな声は去りそうも無く、とんでもないことを言い出した。
「だまされたな…そうだ!こんなにいるんだから、ナマコ投げ競争でもしてみるか!」
こんなことはよくあるので、ワタシは驚かない。
それにしても、たくさんいれば投げられて、滅多にいなければ珍しくて捕まるのだから、困ったものだ。特にワタシぐらいの貫禄だと、見つかると面倒なことになる。
「オイ!こっち見てみろ!すげえの発見!」
ほら、案の定騒ぎになってしまった。真上に声が集まる。ああ、そんなに砂を巻き上げないでほしい。今からゆっくりと食べようと思っていたところなのだ。
「こんなオバケみたいの触ったら、きっと呪われるよ…。」
のろうとはどういう事なのか…考えようとした次の瞬間、ワタシは二本の腕につかまれて水面から飛び出した。
こんなことはよくあるので、ワタシは驚かない。
しかし、全身水から出たのは何年ぶりだろう。太陽は水底から見たより何十倍も激しい。
「よし、じゃオレ一番。せーの!」
ワタシは宙を飛んだ。風が、奇妙な音を立ててワタシの体表面を逃げていく。青い水面が果てしなく遠のいたと思ったら、白い砂地が急に迫ってきた。ワタシはすばやく体の半分を柔らかくして、衝撃を逃がした。成功だ…これはかなり熟練が必要な技なので、一つ間違えると命を落とす事もある。
「バカだな!気合入れ過ぎ。あーあ、砂に埋まっちまって、ぐったり動かないし。」
「ま、こいつらは痛いとか感覚もないだろ。」
「やだ…投げた人は呪われるよ、絶対!」
そんな勝手なことを言いながら、何がおかしいのか大笑いしている。痛くないはずがない。ワタシが上手く避けたので無事でいられたのだ。彼らが間違いだらけなのを教えてやりたいが、声と水しぶきは遠ざかりつつあった。
砂の上で、仰向けの腹が乾いてきた。ワタシは照りつける太陽を眺め、体表面を30%縮めた。こうすれば水分を逃がさず、日没までに仰向けの体を元に戻せるだろう。そして、月が上がる頃には、満ち潮で住み家へ帰れるだろう。
こんなことはよくあるので、ワタシは驚かない。
ところが次の瞬間、驚くことが起きた。ワタシは、再び何者かに体をつかまれた。一日に二度も体をつかまれることはめったにない。
けれど、先ほどの手荒さとは違う。柔らかい手がそうっと、砂とワタシの間に割り込み、静かな声が降ってくる。
「大丈夫?オオナマコさん…。」
オオナマコさんとはワタシのことだろうか。
「ひどいいたずらされてかわいそうに。早く水中へ帰って、元気になって。」
細い腕は、ワタシの巨体を持ち上げるのが一苦労らしい。懸命に運ぶ筋肉の震えが伝わってくる。
ワタシは、クリーム色の砂と波の間へそっと置かれた。白い波が泡立って、声の主は見えなかった。
ワタシの体の表面には、小さな手のひらの跡が残った。
いつもならば体の表面についた跡はすぐに消してしまうのだが、ワタシはそれを残しておくことにした。
こんなことはよくあることではないので、大切な記念に、とっておくことにした。
長く生きていると、たまには驚くことがあるものだ。