第1話

文字数 4,527文字

「まもなく列車がまいります。足元にお気をつけくださいー」
夕刻のホームにアナウンスが響き渡ると、ゴーっという鈍い音とともに列車がゆっくりと入線してきた。そしてドアが開くと
「恋活列車へようこそ」と三人の男性が私を出迎えてくれた。
ことの始まりは一ヶ月前、SNSで偶然見つけた恋活パーティーならぬ恋活列車の募集だった。
内容は恋活列車に乗車し、列車が終着駅に着くまでにカップル成立すること。そして長旅になることが予想されるので、前もって連休をとって参加することと書かれていた。
(恋活列車なんて斬新だなぁ。列車で共に同じ時間を過ごす内に好きになっちゃう感じかな。)
今の会社に入社して三年、仕事にも慣れしばらく遠ざかっていた恋愛にもそろそろ目を向けてみようかなと思っていた矢先だったので、私はこれも何かの縁だと思い溜まっていた有給を使い、思いきって参加を決意した。
そんなわけでトランク片手に今駅のホームにいるのだが···なぜか私以外の乗客がいない。周りを見渡してもだだっ広いホームが続いているだけで、私はだんだん不安になってきた。が、もはや後戻りは出来ず列車は何事もなかったかのように淡々とやってきた。
「恋活列車へようこそ」
ドアが開くなり三人の男性が目の前に現れ、そう告げた。そして私が言葉を発する間もなく一人の男性が話し続けた。
「僕がこの列車のアテンダントになります。これから恋活列車に乗って素敵な恋を見つけましょう。」
(この方はアテンダントさんだったんだ。よく見ると黒のベストにネクタイ、左胸には金色に輝くネームプレートが付けられている。)
(あっ、他の二人もそれぞれ白のコック帽とユニフォーム、そして黒い帽子と制服···コックさんと車掌さんかな。)
「はい、よろしくお願いします。あの、私以外の乗客が見当たらないのですが、これから乗ってくるんでしょうか?」
「今のところ誰も乗らないよ。」
そう口を開いたのはコックさんだった。
「この列車はあなたとぼくたち三人の内の誰かがカップルになる決まりだよ。」
「えっ!?アテンダントさん、コックさん、車掌さんの誰かと!?」
てっきり乗客同士の恋活だと思っていた私は、予想外の展開に驚きを隠せなかった。
「···お部屋をご案内しますのでこちらへどうぞ。」
動揺している私をよそに、アテンダントさんは笑顔でそう言った。
列車が出発したのか左右が小刻みに揺れる中、人一人分が通れるほどの細長い廊下の先に私の部屋があった。
「お部屋の中はご自由にお使い下さい。ディナーの時間になりましたらお呼びしますので、それまでごゆっくりおくつろぎください。」
そしてアテンダントさんは笑顔で部屋を後にした。
「わぁー···ホテルみたい。」部屋はメゾネットタイプになっていて一階にシャワー室とトイレが、二階にはベッドとテーブルがありくつろぎスペースとなっていた。
恋活列車に乗客がいない件が気になるが、また後で詳しく聞こうと考えていると
「コンコン」とドアをノックする音が聞こえた。ドアを開けると
「車掌です。切符を拝見しに来ました。」
そこには先程の車掌さんが立っていた。
そして切符を渡すと
「でもこれ意味あるんですかねぇ。」とボソッと呟いた。
私が「それってどういうことですか?」と思わず聞き返すと
「いや、もし終着駅に着くまでにカップル不成立の場合延々と乗り続けなきゃいけないんでしょ?」
「えっ、延々と!?」
「そう。」
「まぁ、この先わかることだから。」
車掌さんは不敵な笑みを浮かべるとそのまま部屋を出ていった。
「な···に今の」私は後味の悪い言葉と笑みを残して何事もなく去って行った車掌さんへの苛立ちと、改めて乗客のいない怪しさ満載の恋活列車の恐怖に体が震えた。
しばらくしてまた「コンコン」とドアをたたく音が聞こえた。
(また車掌さんかな···開けたくないな。)そう思っていると
「ディナーの準備が出来ましたので食堂車までお越し下さい。」とドア越しにアテンダントさんの声が聞こえホッとした。
気が乗らないまま一応ドレスコードに着替えた私は、また細長い廊下を歩きながら食堂車へと向かった。
「ギィー···」年季が入り少し錆びついたドアを開けると···輝くシャンデリアと壮大なクラシックが鳴り響き、大きな窓からは動く絵画ともいえるほどの夜景が一面に現れた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」
アテンダントさんを筆頭にコックさん、車掌さんもそろってお出迎えしてくれた。
「改めまして、本日は恋活列車にご乗車いただきありがとうございます。今宵はコックが腕をふるったフランス料理のフルコースを思う存分ご堪能くださいませ。」
アテンダントさんに案内されテーブル席に着くとシャンパンと前菜が運ばれ、アテンダントさんがシャンパンを注いでくれた。慣れた手つきで注ぐその姿に見惚れていると
「シャンパンよりぼくの料理を見てよ。」
頬を膨らませコックさんが言った。
憎まれ口を叩く姿が可愛くて思わずクスッと笑ってしまった。
「ごめんなさい、コックさんのお料理とても美味しいです。」
「よかった!これからもっとテーブルに並ぶからたくさん食べてね。」
そう言って私より少し年下のように見えるコックさんはあどけない笑顔で笑った。
夜も深まり空が濃く星が方方で光を放つ頃、フルコースディナーも終盤に差し掛かろうとしていた。
「この景色は何度見ても感動しちゃいますね。」
そう話しかけてきたのはアテンダントさんだった。
「食堂車のシャンデリアにも負けないくらい綺麗な夜景ですよね。」
「はい。もしかしたらこの仕事をしていて一番良かったと思える瞬間かもしれません。」
(アテンダントさんの話からしてきっと普段から列車の乗務員として働いているんだよね。)
(じゃあ今この恋活列車に乗っているのは仕事のため?それとも···)
「アテンダントさん、あの···」と言いかけたその時、隣から低い声が呟いた。
「この列車の中で一番綺麗な夜景を見た男女はカップルになれるそうですよ。」
その声の主は車掌さんだった。
「えっ、じゃあ今ここで見ている夜景は···」
「その夜景が一番かどうか決めるのはあなた次第ですね。」
またもや意味深な言葉を残し、車掌さんはそのまま隣の車両へと行ってしまった。
少しの沈黙の後、先に口を開いたのはアテンダントさんだった。
「まぁ、ジンクスみたいなものですがロマンチックですよね。
そうそう、ディナー終了後良かったら隣のラウンジに来ませんか?」
ピアノ演奏と共にカクテルをご用意してお待ちしてますので是非お越し下さい。」
正直車掌さんがいるなら断りたかったがアテンダントさんとコックさんもいるし、何よりラウンジがどんな所か見てみたかったので私は行くことにした。
ラウンジは食堂車の隣の、私の部屋とは反対側の車両にあった。
「カランコロン」ドアを鳴らす鈴の音が響き渡る。アンティークランプのほの暗い灯りの先に見えるのは大きなグランドピアノ。さきほどの食堂車とは正反対の雰囲気だけど、ラウンジは落ち着いていて居心地が良い。
ソファに腰掛けるとカクテルとおつまみを持ったアテンダントさんとコックさんが現れた。
「カクテルお待たせしました。」
「おつまみはぼくが作ったよ!」
「ありがとうございます、いただきます。」
(ピアノの演奏を聴き、夜景を見ながらゆっくり出来るなんて幸せ···って、ピアノ演奏してるの誰!?)
ピアノの方に目を向けると、弾いていたのはまさかの車掌さんだった。クールで掴みどころのない人だと思っていたのに、奏でるメロディは優しくて繊細でこっちが本当の車掌さんなのかな、と思ってしまった。
調子が狂うと内心思いながらも車掌さんの演奏に聞き惚れていると、肝心なことが頭をよぎった。そうだ早く恋活列車のことを聞かないと!なんで乗客がいないのかって。そしてなぜアテンダントさん達はこの列車に乗車しているのかって。
でも···この心地良い空間でアテンダントさんもコックさんも幸せそうにピアノ演奏に聴き入っているのを見ると、このままでも良いかなと思えてきた。今はただこの素敵な時間を三人と共有したい。
「明日も早いので今日はそろそろお開きにしましょうか。」
アテンダントさんにそう言われ時計を見ると、もうすぐ午前0時をまわるところだった。
「今日はありがとうございました。皆さんのおもてなしすごく嬉しかったです。では、お休みなさい。」
三人にお礼を言い、ラウンジでの余韻冷めやらぬままドアを開けようとした時
「部屋の小窓からの夜景、綺麗ですよ。」
耳元で車掌さんのささやく声がした。
部屋に戻った後、私は寝支度をして二階のベッドに上がった。小窓はちょうどベッドの位置にあり、寝転びながら小窓を覗いた。
「うわぁーさっきより星が増えてる。」
そこには夜空に輝く無数の星たちが列車に合わせてどこまでもついてきていて、まるで一緒に旅をしているかのように思えた。手を伸ばすとすぐ届きそうなほど空が近くに感じて、外国映画に出てきそうな世界観だった。
「この夜景···今見てるかな」
爽やかな笑顔が素敵なアテンダントさん。
年下の可愛くて料理上手なコックさん。
そしてクールで、何考えてるかわからないけどきっと本当は優しい車掌さん。
私は誰とカップルになるんだろう···
どの位時間が経ったのか「キキーッ」という大きなブレーキ音で私は目が覚めた。昨夜、小窓に映る夜景を見ながら三人のことを考えているうちに、気づいたら寝落ちしてしまっていた。
「今何時だろう?」ふと時計を見ると朝の6時ちょうどだった。小窓を覗くと駅のホームに列車が停車しているみたいだった。そして列車から降りる見覚えのある後ろ姿が···
「車掌さん!!」気がつくと私は大声で小窓から車掌さんを呼んでいた。聞こえないのか、はたまた聞こえないふりをしているのか車掌さんは早々と改札口に向かって進んで行く。
体調が良くないのかな?それとも急用が出来たとか?じゃあなんで恋活列車に乗っていたの?部屋で私に言った言葉の意味は!?
いくら考えたところでどちらにしろきっとこれで最後なんだ······


······さん、車掌さん、「車掌さん!!」
「···どうしたんですか。」
やっと振り向いてくれた。
「追いかけてきたんです。まだ車掌さんのこと何も知らないのに、このままお別れなんて嫌です!」
私は気がつくとトランク片手に無我夢中で列車を降り、車掌さんの元へ向かっていた。
車掌さんは驚いた様子もなく淡々と話し始めた。
「この駅で車掌交代なので降りたんですよ。
ところで最初に部屋で話したこと覚えてますか?」
「えっと、終着駅に着いてカップルが成立しなかったらって話ですか?」
「はい。では、あちらのホームを見てください。」
車掌さんの指差す方向には恋活列車に乗車しようとしている一人の女性が立っていた。
「あの女性が新しく恋活列車に乗車するんですか?私は途中下車しても大丈夫なんですか?」
「途中下車が駄目という決まりはないですから。
それに···まぁ、この先わかることだから。」
車掌さんは不敵な笑みを浮かべ、最後にこう呟いた。
「昨夜の夜景は一番綺麗でしたか?」
まだまだ旅は続きそうだ。
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