死亡予行演習

文字数 1,486文字

 これはあとから知ったことだけど、先輩は人に特定の夢を見せる力を持っていたらしい。まるでナイトメアだ。そんな力を持っていたならもっと早く言って欲しかった。そうすればもっとできることはあったのに。

 先輩がそんな力を持っていることはつゆ知らず、わたしは今日も今日とて先輩が踊り狂って死ぬ夢をみる。今回の先輩の死に方は今までで一番残酷で、目を背けたくなるような拷問を受けた果てにその痛みの中で死んでいった。目をテープで開くように留められたあと、虫眼鏡を使って太陽の光を眼球に一点照射されている先輩を見るのはさすがのわたしも辛かった。でも、夢の中のわたしがいくら叫んだとしてもそれが声になることはない。夢の中では誰かがあらかじめ決めたルールがあり、全ての人は傍観者にすぎないのだ。
 わたしは先輩が死ぬ姿をもう何百回も見せられている。なぜそんな夢をいつも見続けなくてはいけないのかわたしには皆目見当もつかなかった。先輩が死ぬ光景はもう見慣れてしまったとはいえ、その夢を見るとわたしは飛び起きていつもより早足で学校に行ってしまう。気の抜けた顔であくびをしながらやってくる先輩の眼球が両方ついているのを確認して安堵するわたしをよそに、「今日は早いじゃないか」と先輩は言うのだ。まったく人の気を知らずに呑気なものだ。
 
 だから現実世界の先輩が病気で死んでしまっても、わたしは「ふうん」としか思わなかった。何度も先輩が死ぬ光景を見てきているから、今更先輩が一回くらい死んでしまったくらいじゃ驚かないのだ。むしろ夢の中みたいに残酷な死に方をしないで済んでよかったとまで思ったくらいである。
 それを機に先輩が踊り狂って死ぬような夢はもう見なくなった。ナイトメアは去ったのだ。
 
 しかし次の夜に見たのは先輩とデートする夢だった。某遊園地に二人で遊びに行って直下型のジェットコースターに乗って声が枯れるまで絶叫して帰りの電車で先輩の肩に頭を預けて寝息を立てる。そんな夢。目が覚めて飛び起きると、わたしが流したらしい涙が頬の上でカピカピに固まっているのだ。
 
 わたしはもうそんな夢を見ないようにするためにどうすればいいのか考えた。自分の見る夢を選ぶことなんて出来ない。だからわたしはせめて見る夢の回数を減らそうと思った。つまり眠る回数を減らそうと決心したのだ! 眠らなければ夢なんて見ないだろう!
 その日からわたしは眠気の波が押し寄せると、喉が痛くなるほどコーヒーをがぶ飲みし続けた。もちろんブラック。ミルクや砂糖なんていらない。甘い思い出なんてわたしには必要なかった。
 でも残念なことにいくらコーヒーを摂取しても必ず眠りは訪れる。学校での居眠りのような小さな眠りの中にもありえないくらいの情報量の出来事が詰め込まれている。好物のものを食べている先輩。難しそうな小説を読んでいる先輩。自分の病気のことなんて一度も言わなかった先輩。
 わたしは飛び起きてまだ新しい涙を拭ってからグビグビとコーヒーを飲む。


 今日はそろそろ眠気が限界になっている。もうコーヒーを無理矢理飲んでも眠気は去ってくれない。人は生きている以上、眠らなくてはいけないのだ。
 今回はどこに先輩と行く夢をみてしまうのだろうか。もしかしたら、いつぞやにわたしが行きたいと言ったプールかもしれない。先輩は優しいからきっと一緒にあの大きなプールに行ってくれるに違いにない。
 わたしはベッドに横たわって何かから身を守るように毛布をくるくると身体に巻き付ける。
 ああ、それにしても。苦痛の中で死んでいく先輩をもう見られないと思うとたまらなく悲しい。
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