文字数 1,265文字

『……そして、ぼくは』

 呼吸の乱れをも聞き取れるような、紛れもなく友人の声であるメッセージはここで途切れ、なぜか電話もここで切れてしまった。

 高校時代の友人からめずらしく電話がかかってきた——と思って出てみたらその妹で、別に知りたくもないことを延々に聞かされたあと、締めにコレかよと実に後味悪い。

 しかし、気になる。

「異様だと言われてムカつく」とかなんとか言うけれど、聞き手からにしては、兄があんな状態になったのにもかかわらず、親しくもない人にこんな電話をしてくる女子中学生は確かに異様だ。

 かと言って、気になったぐらいでその自宅へ出向くような(よし)みもなく、そもそも一年のときから大学の近くに部屋を借りて暮らしているゆえ、卒業アルバムなんて実家に置いてきたし、友人の住所さえも確実に把握してなかった。

 とりあえず通報した。

 かかってきた電話番号——高校のとき登録していた、彼の自宅の固定電話番号を教えて、適当に「友人の妹さんから助けてくれと」や「このままじゃ友人は死んでしまうかもしれない」とか、少し芝居じみて大げさに言ってみた。

 結論から言うと、これでよかったかもしれない。なぜなら、どことなくおぞましい予感より百倍、いや、千倍以上に、事態がおぞましかった。

 大げさなんてもんじゃない。

 むしろ控え目すぎるぐらいだ。

 一階の窓ガラスを外からよく見ると血痕だらけだということで、警察官が異常アリと判断した。扉を破って玄関から入り、壁も床も血塗られた居間で体も精神も衰弱しきった友人と、その妹だった死体を発見した。

 バラバラにされ——所々かじられた死体を。

 血糊と肉片がまとわりついて、すっかり切れ味の無くなった包丁も。

 玄関の扉のみならず、一階の居間にある窓、二階も含めてほとんどの部屋へのドアはすべて閉め切って、ロックもしてないのに、まるで接着か溶接されたように開けられない。
 冷蔵庫もクローゼットも、扉という扉がどれも開けられない。

 家中で唯一普通に開けられるのは、居間と隣接する「勉強部屋」のドアだと。友人が浪人になった以来、もっぱらその部屋にこもるらしい。しかしその中にあったのが——

 両目が(えぐ)られた、妹さんの首。

 死亡推定時刻は五日前で、死因は撲殺だった。頭を鈍器でなぐられて死んだらしい。それから首が切り落とされたのが、少なくとも死んでから十二時間経過してからと、警察の人が言った。

 だけどその眼球は見つからない。

 なぐられて意識を失い、まだ息のあったときに抉られたかもしれないとか。

 兄に食われたのじゃないかとか。

 ひどすぎる。

 第一通報者として警察に呼ばれ、根ほり葉ほり聞かれたけど、ぼくは本当になにも知らない。ついでにあれもこれも教えられたけど、ぼくは本当になにも知りたくない。

 なにがあったのか、どうしてあんなことになったのか。なぜあの電話が、ぼくのところにかけてきたのか——なにもかも、知りたくない。
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