Doin’ It Right

文字数 1,843文字

 両親のたっぷりの愛情を注がれて健全に育つ子もいれば、最悪な母親の元に生まれてしまって子供の頃から人生に大変に難儀する子もいて、世界はもともと不公平だ。
 わたしの親友の香苗の母親はシャブ中のデリヘル嬢で、ひと仕事終えてホテルから出たところで男にナンパをされて、顔がわりと好みだったので、いま出てきたばかりのホテルにまた引き返して別の部屋に入り、男と性交渉を持った。仕事ではないのでお金は貰わなかったし、避妊もしなかった。
 その男とはいちおう連絡先を交換したものの、関係はその晩限りで、すっかり忘れた頃に妊娠が発覚し、香苗の母は仕事では本番行為は一切していなかったので、あの男の子だろうとすぐに見当はついたのだけど、子供を産むつもりもさらさらなく、かといって堕胎するにもお金が掛かるし、そのお金を自分で出すのは嫌だし、でもわざわざ男に連絡をとって金をせびるのもなんだか格好悪いし、なにより面倒だしで、なんとなくそのままズルズルと放置して仕事に出勤し続けた。
 どうにか自然と流産してくれないかな~と考えて、シャブを打ちまくったり、一日に何人も客を取って激しいプレイを繰り返したり、スノーボードに出掛けたりと好き勝手にやっていたのだが、それでも胎児は順調に育ち、お腹が目立つようになってきた。
 さすがにもうこれ以上は無理だと、男に連絡を取ると、企業に勤めていて妻子もあった男は、特にゴネもせずすんなりと堕胎費用を出してくれる。けれど、まとまった現金をポンと渡された香苗の母は、それを持って産婦人科に行くのではなくホストクラブに直行してしまい、その後もなんとなくズルズルと先延ばしにしていたらポンと香苗が生まれてしまったそうだ。母親がめちゃくちゃな生活を送っていたにもかかわらず、大変な安産であり、健康そのものだった。
 その後、香苗の母はなぜか頭がおかしくなり、件の男に急に執着し始めて、執拗にストーキングしたり血文字の手紙を送りつけたり、果ては飢えた犬の首を切って神社の境内に埋めたりもしたそうなのだが、男は財力と人脈を駆使して完全に逃げ切ったし、その間、完全に育児放棄状態で捨て置かれていた香苗も、なぜか勝手にすくすくと育ち、文字が読めるようになると勝手に公共図書館に通って勉強し、近所の人たちにも可愛がられながら素直に賢く優しく健やかに成長して、県内の公立校ではもっとも偏差値の高いうちの高校に入学してきてわたしの親友となり、今に至るという感じだ。
 香苗は女の子にしては背が高くて、スラッと細身で綺麗で、髪もサラサラのストレートで手入れが行き届いていていて、完全に「良いとこのお嬢さん」っぽいから、見た目からはそんな壮絶な出自は想像もできないのだけど、そんな自分の状況を誰よりも不思議に思っているのは香苗自身で「なんなんだろうね?」と、可愛らしく首を傾げている。
「なんか、むかしから困ったことがあると、親切な誰かが現れて助けてくれたり、あと妙にラッキーなことが起こってどうにかなったり、そういう感じなの」
 そう言う香苗の背後にチラリと目を向けてから、わたしは「ひょっとして、その香苗の父親ってフランス人だったりしない?」と、質問してみる。
 香苗はますます首を傾げ「え? いや、普通にそのへんの日本人だと思うけど、なんで?」と、怪訝そうな表情を見せる。
「ふーん、そっか。なんなんだろうね?」
 香苗自身には一切の霊感がなく、自分では見えてないようなのだけど、実は彼女の背後にはめちゃくちゃ強力な守護霊がついていて、そのおかげでたくさんの人や偶然が彼女のことを助けてくれる星回りになっているのだ。まあ、そういう人も稀にはいるものだけど、普通はご先祖様とか、そういうなんらかの因縁のあるなにかが守護霊になってくれるもので、でも、彼女の守護霊はトーマ・バンガルテルなのである。
「誰それ?」
「フランスのエレクトロユニット、ダフトパンクの片割れ」
 黒の革ジャンに黒の革パンで、銀ピカのヘルメットを被ったトーマ・バンガルテルが彼女の背後に立ち、ビートに乗りながらかっこいいポーズで彼女の人生を正しい方向へと導いているのだけど、香苗はダフトパンクすら知らないし、フランスとは縁も所縁もないし、そもそもトーマ・バンガルテルはまだ存命で活躍中なので彼女の守護霊になるわけがなくて、本当になんなんだかよく分からないんだけど、まあ彼女が健やかに育っているのは素直に喜ばしいことだと思う。
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