さけとさけ
文字数 1,993文字
──二十歳を迎えた翌月、僕の叔父が死んだ。
職業はフリーのカメラマン。ジャーナリスト気取りの無職に近く、アーティストを自称していた時期もあったが、取材先の外国でポックリと亡くなった。宿泊先のトイレで踏ん張ってる最中の出来事だったらしい。死因は脳卒中。日本に帰国したときには遺骨になっていたのだった。
父は呆然とし、母がなんとも言えない表情を浮かべていたのを覚えている。幼少期から迷惑をかけ通しだった為か、いつかは起こる結末だったに違いない。やること成すこと全てが中途半端。カメラ以外はあまりパッとしない人生だった。
──しかし、叔父は顔だけは良く、とにかく女性にモテた。
某人気俳優と同姓同名というのもあるのだろうか。生活や金に困ることもなく、仮に「ヒモ」という巫山戯 た競技が存在したのであれば、間違いなく日本代表として選抜されていたことだろう……。得意のカメラはその経緯で習得した副産物だったというわけだ。
物心がついた時から家に居座り、叔父は女性のところに入り浸りで殆ど帰ってこなかったが、常に僕のことを気にかけてくれた。写真やロックが好きになったのも、全て叔父の影響だといえる。カメラの撮り方なんかも一通り教わったりもした。
──そんな僕は、叔父の部屋にいる。
八畳の和室。砂壁一面に貼れたロックバンドのポスターが彼の世界観を物語っているようだった。大きな棚に置かれたカメラの数々。壁に吊るされている古いエレキギター。とりあえず形から何でも入ってみる薄っぺらな男でもあった。そして、部屋の中央にある丸いちゃぶ台。祖父母から譲り受け、終生大事そうに愛用していた卓でもある。
叔父の遺骨はいまそのちゃぶ台の上へ置かれていた。
遺影は去年のハロウィンに撮った仮装の写真だ。大好きな映画のキャラらしい。こんな写真しかなかったのかと言いたくなるが、残念ながら本人の意向でもある。万が一の時の為に、書かされていた遺書がこんな形で役に立つとは……。
加えて、僕が二十歳になったお祝いで作っておいてくれた「酒」だった。
丸瓶に入ったウィスキーには、輪切りのオレンジが所狭しと漬けられている。銘柄はジャッキー・ダニエルのハニーテイスト。蜂蜜やナッツ類のフレーバーを配合したリキュールでもある。それを、多めの氷と炭酸水で割る。所謂ひとつの「ハイボール」というものだった。
光に反射してキラキラと輝く黄金色の酒は、これまで飲んだ酒とは一味違うようにも思えた。実のところ二十歳を迎え、一足先に色々と呑んでみたのだ。ところが、正直なところアルコールの味はあまり好きになれなかった。飲めなくはないが、進んで呑もうとは思えなかったのだ。
そんなやり取りを叔父としていたところ、実は「アルコールの味は苦手なのだ」とメールしてきた記憶が新しい。とは言え、女を口説くには飲酒は必須らしく致し方なく飲んでるとも……。
本来であれば、二人きりで呑む予定だったのに……。
胸に込み上げる残念な気持ちを抑えつつ、僕はグラスを二つ用意をしてハイボールを其々作ってゆく。ウィスキーとソーダ水を一対三で割り、氷の入ったグラスに注ぐ。すると、オレンジの芳醇な香りが鼻腔を擽 り、黄金色の蒸留酒に細かい泡が一斉に沸き立った。
僕は思わず、ごくりと喉を鳴らす。これは確かに美味そうだ。喉の渇きも手伝ってか、堪らず酒の肴である「鮭とば」を取り出す……。これも叔父のセレクトした代物である。ご丁寧にも、わざわざ北海道から取り寄せた逸品だった。
──「それでは、献杯です」
遺影の前に置いてあるグラスを重ねて、まずは一口だけ呑む。
瞬時に広がる蜂蜜の強い甘みとオレンジの酸味のハーモニー。続いて爽快な炭酸の粒が口腔内を刺激する。喉越しの良さもさることながら口の渇きを同時に癒す。僕は図らずともグラスを見て感嘆の声をあげた。
──う、美味いっ!
アルコールの癖がほぼ相殺され、かといってその風味が完全に消えたわけでない。おそらく、柑橘系の酸味が絶妙なバランスを保っているのだ。なによりもこの甘さは、甘党の自分には堪らなかった。不思議と叔父の意思がグラスを通して伝わってくるようでもあった。
鮭とばを齧り、塩気とその食感が口の中が一杯になる。よく咀嚼して更なる旨味を引き出す。噛めば噛むほどに酒が欲しくなった。なるほど、これが大人の「味」なのか。そして、今度はゴクゴクと喉を鳴らして一気にハイボールを飲み干す。「しょっぱい」からの「甘い」で僕の心は歓喜に震えた。
──ぷっはぁっ! たまらんねっ!
その時、叔父のグラスの氷がカラリと動いた。まるで此方の顔を伺い呼応するかのように。多分だが、いま目の前にいるような気がした。姿形は見えずとも、気配だけは感じる。少し酔っただけのかもしれない。それでも、僕は再びグラスを掲げてにっこりと微笑んでみせた。
職業はフリーのカメラマン。ジャーナリスト気取りの無職に近く、アーティストを自称していた時期もあったが、取材先の外国でポックリと亡くなった。宿泊先のトイレで踏ん張ってる最中の出来事だったらしい。死因は脳卒中。日本に帰国したときには遺骨になっていたのだった。
父は呆然とし、母がなんとも言えない表情を浮かべていたのを覚えている。幼少期から迷惑をかけ通しだった為か、いつかは起こる結末だったに違いない。やること成すこと全てが中途半端。カメラ以外はあまりパッとしない人生だった。
──しかし、叔父は顔だけは良く、とにかく女性にモテた。
某人気俳優と同姓同名というのもあるのだろうか。生活や金に困ることもなく、仮に「ヒモ」という
物心がついた時から家に居座り、叔父は女性のところに入り浸りで殆ど帰ってこなかったが、常に僕のことを気にかけてくれた。写真やロックが好きになったのも、全て叔父の影響だといえる。カメラの撮り方なんかも一通り教わったりもした。
──そんな僕は、叔父の部屋にいる。
八畳の和室。砂壁一面に貼れたロックバンドのポスターが彼の世界観を物語っているようだった。大きな棚に置かれたカメラの数々。壁に吊るされている古いエレキギター。とりあえず形から何でも入ってみる薄っぺらな男でもあった。そして、部屋の中央にある丸いちゃぶ台。祖父母から譲り受け、終生大事そうに愛用していた卓でもある。
叔父の遺骨はいまそのちゃぶ台の上へ置かれていた。
遺影は去年のハロウィンに撮った仮装の写真だ。大好きな映画のキャラらしい。こんな写真しかなかったのかと言いたくなるが、残念ながら本人の意向でもある。万が一の時の為に、書かされていた遺書がこんな形で役に立つとは……。
加えて、僕が二十歳になったお祝いで作っておいてくれた「酒」だった。
丸瓶に入ったウィスキーには、輪切りのオレンジが所狭しと漬けられている。銘柄はジャッキー・ダニエルのハニーテイスト。蜂蜜やナッツ類のフレーバーを配合したリキュールでもある。それを、多めの氷と炭酸水で割る。所謂ひとつの「ハイボール」というものだった。
光に反射してキラキラと輝く黄金色の酒は、これまで飲んだ酒とは一味違うようにも思えた。実のところ二十歳を迎え、一足先に色々と呑んでみたのだ。ところが、正直なところアルコールの味はあまり好きになれなかった。飲めなくはないが、進んで呑もうとは思えなかったのだ。
そんなやり取りを叔父としていたところ、実は「アルコールの味は苦手なのだ」とメールしてきた記憶が新しい。とは言え、女を口説くには飲酒は必須らしく致し方なく飲んでるとも……。
本来であれば、二人きりで呑む予定だったのに……。
胸に込み上げる残念な気持ちを抑えつつ、僕はグラスを二つ用意をしてハイボールを其々作ってゆく。ウィスキーとソーダ水を一対三で割り、氷の入ったグラスに注ぐ。すると、オレンジの芳醇な香りが鼻腔を
僕は思わず、ごくりと喉を鳴らす。これは確かに美味そうだ。喉の渇きも手伝ってか、堪らず酒の肴である「鮭とば」を取り出す……。これも叔父のセレクトした代物である。ご丁寧にも、わざわざ北海道から取り寄せた逸品だった。
──「それでは、献杯です」
遺影の前に置いてあるグラスを重ねて、まずは一口だけ呑む。
瞬時に広がる蜂蜜の強い甘みとオレンジの酸味のハーモニー。続いて爽快な炭酸の粒が口腔内を刺激する。喉越しの良さもさることながら口の渇きを同時に癒す。僕は図らずともグラスを見て感嘆の声をあげた。
──う、美味いっ!
アルコールの癖がほぼ相殺され、かといってその風味が完全に消えたわけでない。おそらく、柑橘系の酸味が絶妙なバランスを保っているのだ。なによりもこの甘さは、甘党の自分には堪らなかった。不思議と叔父の意思がグラスを通して伝わってくるようでもあった。
鮭とばを齧り、塩気とその食感が口の中が一杯になる。よく咀嚼して更なる旨味を引き出す。噛めば噛むほどに酒が欲しくなった。なるほど、これが大人の「味」なのか。そして、今度はゴクゴクと喉を鳴らして一気にハイボールを飲み干す。「しょっぱい」からの「甘い」で僕の心は歓喜に震えた。
──ぷっはぁっ! たまらんねっ!
その時、叔父のグラスの氷がカラリと動いた。まるで此方の顔を伺い呼応するかのように。多分だが、いま目の前にいるような気がした。姿形は見えずとも、気配だけは感じる。少し酔っただけのかもしれない。それでも、僕は再びグラスを掲げてにっこりと微笑んでみせた。