神々は沈黙をやめ、人類の歴史は終る

文字数 4,292文字



姿姿



「菜根譚」より

 妻のノートPCでは……妻が自分でプログラムを組んだらしい何かのシミュレーションが動いていた。
 十数年前に更に中古で買ったノートPCで……OSは……ここ5年ほどアップデートされていないLinux系のOSだ。もっとも、今やアップデートされたアプリやOSを配布する方法など無いが……。
「何やってんだ……? 電気の無駄だぞ……」
 ノートPCの横には……コンピュータ・プログラムに関するブ厚い本と……ある数値計算手法についての……これまたブ厚い本が何冊か置いてあった。
 そして……なぜか……もう1冊……。〇〇(ゼロゼロ)年代に出た日本の作家が書いたあるSF小説が……。
 あれから、もう……十年……「神々」の置き土産である謎の疫病や「天敵」により……人類は、ゆっくり滅びに向っていた。
 今すぐに人類が滅ぶ訳では無い。
 だが、多分、人類が二二世紀を迎えるのは……ほぼ無理だろう。
 インターネットは既に機能しなくなっており……電力は不足し……水道は断水する事が多く……しかも、水道水は煮沸しないと飲めなくなりつつ有った。
「もう少しだけ……。この結果が出て……あとは、結果を解析すれば……」
「何のプログラムを走らせてんだ?」

 ヤツらは……世界の主要都市の上空に同時に現われた。
 その国・地域では「大都市」とされる都市。
 その国の首都。
 その地域の経済の中心や流通・交通の要衝。
 ヤツらの姿は様々だったが……ある共通点が有った。
 キリスト教圏やイスラム教圏では……天使の姿で……。
 台湾や少数民族自治区を除く中国各地では伏羲と女媧の姿で。
 インドでは創造神(ブラフマー)に率いられたヒンドゥー教の神々の姿で……。
 そして……更に奇妙な点が有った。
 イスラム教圏では……天使と言っても、中東では……中東系の人間に見える顔立ちで、東南アジアでは……東南アジア系の人間に見える顔立ちだった。
 日本の歴史学者や考古学者は……日本各地に現われた「イザナギとイザナミ」の姿や髪型について……最新の考古学研究により推定されている「弥生時代や古墳時代の人々の服装」よりも……むしろ、明治以降の絵画に描かれてきた「日本神話の神々」や「日本の古代人」の姿に似ている事を指摘した。
 アメリカに現われた「天使」達もまた……複数の人種が住む大都市に現われた天使達の顔立ちや肌や目や髪の色は、やはり、多用な人種構成に見え、地元住民の約半数がアフリカ系であるワシントンDCでは……現われた天使達の中では「アフリカ系の人間」に見える者達が圧倒的に多かった。

「我々の今の姿は……我々の真の姿ではない。あくまで、貴方達人類と我々との関係を貴方達に理解していただき易くする為のものだ」
 世界各地に、その国や地域の多数派がイメージする「創造神」「人類の祖」「唯一絶対の神の使い」の姿で現われた「ヤツら」は、それぞれの地域の多数派の言語で、そう説明した。
 それぞれの言語において「知識人が格式ばった場で『目上では無いかも知れが、一定の敬意を払っている相手』と話をする時」のような口調と言葉づかいで。
 そして「男言葉/女言葉」の区別が有る言語の場合は、中性的で、男女どちらが使っても違和感が無い言葉選びで。
 いや……あくまで、当時のネットやTV・新聞の解説によればだが……。
「貴方達は我々が生んだ存在では無いが、貴方達を育てたのは我々だ。この惑星の環境を整え、貴方達の歴史に秘かに介入し続けて。貴方達の中から我々が必要とする個体が誕生する日を待ち続けながら……」
 ヤツらが言っている事が真実なのか確かめる手段は人類には無かった。
「我々は……貴方達人類の中で……我々が必要とする者達を……言葉は悪いが『収穫』させてもらう為に来た」
 その「収穫」を阻む手段も人類には無かった。
 そう宣言された次の瞬間……ヤツらと……人類の内……半数には届かないにせよ、それ以降、人類の文明を維持する事が困難になるまでに人口が減るほどの人数が……地球上から消え去った。
 そして……ヤツらが残したらしい……残りの人類を「安楽死」させる為と見られる様々な疫病と「天敵」と総称される事になる大きさも姿も様々な怪物達が地球上に現われた。
 しかも、厄介な事に、疫病も「天敵」も急速に「進化」を続け……残存人類の対応は後手後手に回り続けた。

「この小説を読んだ時、私は、まだ、学生で……大学の工学部の人工知能関係の研究室に居た」
 妻は、シミュレーション結果を解析しながら、そう説明した。
「ところで、遺伝的アルゴリズムって知ってる?」
「ああ……」
 私も妻と同じく、かつてはプログラマだったので、名前ぐらいは聞いた事が……いや……大学の時に習った筈だが……今すぐ、その手法を使ったプログラムを作れ、と言われても、ちょっと無理な程度にしか覚えていない。
「ええっと……生物の進化のシミュレーションに使われてる技法を数値計算に使うヤツだったっけ?」
「そう……詳しく説明すると、評価基準は明確だけど、その評価基準に対する『最適解』を見付けるには、事実上『有り得るパラメータの組合せ』を虱潰しに調べるしか無い場合が有ったとする」
 そこまでは……かつての情報処理関係の資格を取るのに必須の知識だ。
 本当に「有り得るパラメータの組合せ」を虱潰しに探せば……スパコンで計算しても、計算が終るより先に、スパコンが耐用年数を迎えかねない。
「そして『最適解じゃなくても良い、実用上十分な組合せが見付かればいい』と云う場合に使われるのが遺伝的アルゴリズムよ。パラメータを『遺伝子』に評価基準を『環境』に見立て、交配・突然変異を繰り返し、『環境』への適応度が高い個体ほど『子孫』を残せる確率を増やし、『環境』への適応度が低い個体は……『子孫』を残せないまま断絶させる」

 ヤツらが少なからぬ人類を連れ去って行った後……世界には困惑が広がっていた。
 連れ去られた人々に共通点は……見付からない。
 知能……その地域の基準からすると高くも低くもない。
 行動パターン……その地域の基準からすると「極めて倫理的」でも「あまりに非倫理的」とも言えない。
 何かの宗教を信じているか?……地域による。特定の宗教の熱心な信者が多い地域では、その宗教の信者の割合が多く、無宗教や宗教に関心を持たない人が多数派を占める地域では、無宗教または宗教に関心の無い人の割合が多かった。
 健康状態……普通。
 年齢……様々。
 職業……例外は有るも概ね「その地域で従事している人が多い」職業だった。
 性別……男女どちらも……ただ、比率は……世界中どこでも、その地域の人口の男女比の±2%以内の範囲内だった。
 強いて共通点をあげるなら……「その地域で平凡とされる特徴を持つ人」。

「この小説は、地球そのものが……『もう1つ上の世界』で行なわれているシミュレーションで……まるで遺伝的アルゴリズムのように、『もう1つ上の世界』の知性体が自分達の望む『人間』を作り出そうとしている……。そう云う設定の話よ」
「それで……?」
「この小説の中には……ある悪役が出て来る。『もう1つ上の世界』の知性体じゃなくて、人間なんだけどね。まるで、この小説の作者が『自分がもし悪役になったら』をシミュレートしたような……」
「へえ……悪役としては面白いな」
「その悪役は……『自分達の世界が何者かが行なっている遺伝的アルゴリズム』だと云う仮説に確信を抱き……そして、自分が『神』に選ばれる個体になろうとした……。その悪役は……天才と言えるほどに頭は良かった……。そして……その才能を『神に注目されるような特異な個体』になる為に使った。そうすれば……珍しい金魚や蘭……例えば出目金みたいな普通に考えたらグロテスクな品種でも……が高値で取引されるように、自分も、死後、神に『保存』してもらえるだろうと考えたのよ。……そして……社会的名声を得て……『神』に対して、自分が『めずらしい個体』である事をアピールする為に、名声を使って戦争を煽り……本当に戦争を引き起し……」
「なるほど……」
「でも……最後には、主人公に大きな勘違いをしている事を指摘され……今度は、自分がやってきた事が『神に選ばれる』為には何の意味も無かった事を確信して、失意の内に死んでいった。でも……」
「でも……何?」
「それを読んだ時、私は変だと思ったのよ。1つは……主人公が悪役を……当時は、こんなネットジャーゴンは無かったけど『論破』したロジックは『遺伝的アルゴリズム』の外に有るモノだった。しかし……『遺伝的アルゴリズム』の中のロジックでも、その悪役を『論破』出来る。そして……もう1つは……悪役は、天才で遺伝的アルゴリズムがどんなモノかちゃんと理解していた、って設定だった。ならば……自分の間違いに気付かないと不自然だった」
 まて……その小説は……まるで……。そうか……その小説の作者は……遺伝的アルゴリズムについて重大な誤解をしていた。そして、その誤解さえ無ければ、十年前のあの異変を「結果的に」ではあれ、予言した小説を書けていたかも知れない、と言いたいのか……。
「私も……遺伝的アルゴリズムは、研究室の同僚がやってただけで、学生の頃は……ちゃんと自分でシミュレーションを組んだ訳じゃなかった。で……最近、その事を思い出して……遺伝的アルゴリズムで何パターンかの計算をやってみたの……。参考書に書いてあった例題だけどね」
 妻のノートPCでは……もう結果の解析まで終り……あるグラフが表示されていた。
「このグラフは?」
「どの位の適応度の個体がどれだけ居るかのグラフよ……。どの計算でも似たような結果になった」
 グラフを見る限り……最終的には……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()
「これって……まさか……」
「そう……ヤツらが、どんな基準で連れ去る人間を選んだのかまでは判らない……。でも……ヤツらが言った通り、ヤツらが……人類の歴史に秘かに介入し続けてきたのなら……多分、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。結果として……ヤツらが必要とするタイプの人間は、我々から見ても『平凡な人間』になったのよ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み