第1話

文字数 2,847文字

 元号が変わると国中がお祭り騒ぎ。役所が一〇日間も休むというもんだから、仕方ねえなと民間も休まねばならない。サービス業だけは待ってましたとばかりにイベントの準備に大わらわ。思えば、一度、就職したら盆正月でも一〇日間は休めないのだ。
 連休突入後の日曜日。長い休みなのでバーベキューするからおいでと知合の中国人企業からお誘いがあった。日頃、がめつく働いて休まない会社なのだが、今回だけは八日間休むらしい。
 
 正午前から始めるという事なので、知合いの男に迎えに来てもらい、会場に向かった。
 会社敷地に車を停めると、既に宴は始まっているようで、従業員の家族や知人、会社の客らが合わせて三〇人といったところだろうか。長机が一列に並べられ、採集コンテナが椅子代わりに並んでいた。すでに食ったり飲んだりが始まっている様子。
 見れば、ほとんどが中国人である。客として呼ばれた私ら日本人は全部で五人程。ちょっと肩身の狭い状況ではある。
 焼き台の前に座っていた中国人の社長は「今日は私、肉焼く当番ね」と私を見て笑った。
 ビールを取りに行くと、日頃飲んでいる安物の発泡酒や第三のビールなどではなく、れっきとしたビールである。数日前に「飲み物は何がいい?」と聞かれたので「ヘネシーのリシャール」と言った所、「?」と困った顔をされたので「ウソウソ、ビールでいいよ」と言っていた。実際、行ってみると巨大なタライとボックスの中に氷で冷やされたビールが三〇〇本以上用意されている。おまけに国産ビールの銘柄全てが網羅されていた。
 社長とは前にも一度飲んだことがあるのだが、こういう宴会事にはケチケチしない。パッと見栄を張るのは国民性だろうか? 食い物も宮崎牛やら高い肉のようだ。そのうち男の従業員が、肉につけてみたらと色々な中国特有の香辛料を持って来る。そして鹿や色んなジブレ肉も出たんだが、私を含め日本人の客は皆ジジイであった為、すぐに満腹状態。
 しかし、酒は別腹。私は日頃、仲の良い中国人の事務員と差し向かいで飲んでいた。彼女は現在四〇歳。旦那は日本人で子供は一七歳になる。パッチリとした二重で顔が小さく可愛らしい為、三〇代前半には見える。以前は空港で中国人相手に案内などをしていたらしく、愛想が良く明るい。旦那には中国にいた頃見初められたらしいが、その容姿故だと容易に想像できる。
 彼女の息子が今度、福岡の専門学校に行くって話をしていて。まあ、福岡辺りに行けば、女子大や若いおネエチャンも一杯いるから楽しいかもな、なんて話をしてた。すると隣のオバさんが「私、久留米出身なの」と話に加わり、いつの間にか私は女二人に囲まれていた。
 そのうち隣のオバさんとこの中国人事務員の三人で話に盛り上がっていたら、社長が来て「飲んでますか?」と来たので「飲んでるよ、なら一気する?」と返してしまった。前回飲んだ時も、私は文化の違いの壁を乗り越えるべく、社長と一気飲みを繰り返したのだった。「いいよ」と社長が言った為、又、やってしまった。そもそも、大学生の新入生歓迎会のような愚行をすべき歳でもないのだが、トホホ。結局、キンキンに冷えたビール三本づつを社長と一気に飲んだ。
 飲めば普通酔うのである。そのうち私は暴徒と化し、目に入る全ての人間に一気飲みの挑戦状を叩きつけた。差し向かいの中国女は不幸にも私の近くにいたものだから何度も一気飲み大会に参加させられる羽目になった。
 しかし、こいつはヘタばらない。酒豪である事は明白であった。ふっかける相手を誤っていた。
「よく呑むな。体重分位いけるだろ?」
 というと彼女はガハハと笑った。
 ちなみに女の喜ぶ話題と男の喜ぶ話題には隔たりがある。女の話題は子供や家族といった事が多く。男が好む政治や世界情勢っていった話題には興味を示さない。とはいえ、どっぷりと女目線での話に合わせ終止していては飽きられてしまう。たまに男の我儘で一刀両断、茶化すから繋がるとも言える。色気のある話もその一部。
 そのうち何歳まで女は子供を産めるかって話になった。ちなみに最近、この会社で事務員をしていた日本人の女は四二歳にして初出産、女児をもうけていた。それに合わせ出来ちゃった結婚も果たし、惨敗女子から勝ち組女子に一挙に躍進した。驚くことに旦那は七つも下の薩摩隼人である。そういえば、ここ一、二年のうちに従業員の中国人男子二人にそれぞれ子供が産まれている。この土地は絶対子宝のご利益があるから、鳥居でも建てれば儲かるぞって話になった。
 なんて話の策を巡らせるのもそのうち。アルコールでシナプスが断絶し始めた私は、虚ろになっていく。
 
 いい加減帰ろうぜって思っていたら、徐々にだが来客が帰って行く。子供連れも大勢いたので、引きは早い。と、私といえば一緒に来たジジイ達がまだ居座るものだから、グズグズと留まって酒を飲み続けている。途中、会社に展示してある商品の話題で皆で群がったり、中国人女性の腰を抱いてたりしているのだが、記憶はすでに曖昧であった。
 そのうち完全にお開きという状態になり、従業員の男が送っていくという話になった。
 隣にいたオバさんも近くだという事で乗り込んできた。
 その時点で私の胃は許容量を超えていたと思われる。三五〇ミリのビールを二〇本以上飲み、トイレには一度も行ってはいなかった。少なくとも七リットルのビールが胃の中で留まっていた。水なら絶対飲めない量。
 車で走り出した途端、機能を忘れていた私の胃は抵抗を始める。げろ、気分が悪い。会社を出るまで全く異常のなかった私の身体。ところが突然、身体が拒否反応。私は出て、数分もしないうちに運転席に座る中国人男の肩をタップした。
「あら? 気分悪いの?」と隣のオバさんの声に反応し、車を停める。
 ゲロゲロ。私はまだ明るい道路脇の茂みで吐き続ける。気分は最悪。
 その後、数分おきにコンビニや道端に停めさせては吐き続け、やっと自宅に戻った。
 部屋に帰ると、風呂場に倒れ込み、回復を待つことにする。吐くまで飲んだのは何年ぶりだろう。当たり前だが後悔はいつもついて回る。
 浴槽の中で寝ていると夢を見た。
 三島由紀夫が市ヶ谷駐屯地で自衛官を前に演説しているところだった。天皇統治の日本に戻す為、決起しようと自衛隊隊員に呼びかけるのだが、阿呆だ馬鹿だ、何やってんだと罵倒されている。本人は四年待ったとか、分からないのかとか、話はヨボヨボになっていき、非常にカッコ悪い状況である。
 国家神道も時代により姿を変え、お祭りに変化したからだろうか? 今頃なんだ?
 その後、ゲバラの事がふと思い浮かぶ。キューバの英雄ゲバラは革命中毒になり、色々な国で革命に加わるが誰からも感謝をされず殺される。
 そうである、男はすぐ調子に乗って、かっこ悪い結末に自ら堕ちて行く。
 という事で貴重な連休の一日を無駄に過ごした私でした。
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