第2話 袖振り合うのも何かの縁

文字数 1,470文字

汽車を降りて、新潟行の船に乗り換える為待っていると、

近くで、言い争う男たちの声が聞こえた。

「どうかしたのですか? 」

 ジンが、神経質そうな洋装姿の紳士に話しかけた。

「実は、荷物が行方不明になったんです」

 その紳士が事情を説明した。

その後ろには、マレー人の青年が、手持ち無沙汰そうに立っていた。

「それは大変ですね」

 ジンが同情を示すと、その紳士が言った。

「雇った使用人が日本語を話せないもので、

荷受係と行き違いがあったようなんです」

「そういうことでしたら、お任せください」

 そこへ、長身の洋装姿の青年が颯爽と姿を現した。

すると、その青年は慣れた様子で、荷受係と話した後、

その紳士の荷物が手違いで、

他の乗客の荷物に紛れ込んだことがわかった。

「これから、新潟へ行かなければならない。

必要なものがあの鞄には入っているんだ」

 その紳士が嘆いた。

「あれ? 誰かと思えば、MR.遠山ではないか!? 」

 遠巻きに様子をうかがっていたトマスが駆け寄って来た。

「ここで、いったい、何をしているんですか? 」

 トマスが、遠山に聞いた。

「何も聞いていませんか? 

新潟湊で、イギリス船の座礁事故があったんですよ。

わたしは、事故の検証の為、派遣されました」

 遠山が流ちょうな英語で説明した。

「いいや、その。出張から帰るところなんです」

 トマスがばつが悪そうに言った。

「あの、僕も同席してよろしいですか? 」

 遠山の窮地を救った青年が願い出た。

「かまいませんよ。ところで、君は何しに新潟へ行くんですか? 」

 トマスが、青年に聞いた。

「沢木平成と申します。来月から、新潟病院に赴任します」

 その青年が自己紹介した。

「英語が堪能ですが、どちらで、勉強なさったんですか? 」

 ジンが興味深気に聞いた。

「東京の大学で学びました」

 沢木が答えた。

行方不明になった遠山の鞄は、乗船後に持ち主の元へ戻った。

「どうしてまた、そんなに大事なものを荷受係に預けたんですか? 」

 トマスが言った。

「場所を取るため、荷物専用の車両に預けたわけです」

 遠山が言い訳した。

「言われてみれば確かにそうです」

 ジンが言った通り、届けられた鞄はひとつではなかった。

中には、ひとりでは持てない重量の鞄もある。

「あのこれは何なんですか? 」

 ジンが、その重そうな鞄を指さすと聞いた。

「これですか? 事故の原因を調べるための機械が入っています」

 遠山が答えた。

「詳しい話を聞かせてください」

 トマスが促した。

大切な遠山の仕事道具が入った複数の鞄に囲まれた状態で、

誰ともなく、その場に腰を下ろした。

イギリス帆船「テラード」号および

イギリス蒸気船「シビル」号の両方の船長含む乗組員が、

一昨日の深夜。河岸から碇泊地にいた小舟に向かったところ、

その小舟が途中で転覆するという事故が起きた。

事故があった小舟が発見されたのは、翌早朝で、

「シビル」号のイギリス人船長マシュー・ウィルソンと

マレー人水夫の遺体が揚がった。

「電報には、新潟湊の設備や水戸教の誘導に問題があると

疑われていると書いてありました」

 話し終えた後、遠山が渋い表情で告げた。

水戸教とは、新潟湊を出入りする船を誘導する

水先案内人の役割を担った職業の人たちのことをいう。

「このままでは、新潟側に問題があるとされてしまう」

 ジンが神妙な面持ちで告げた。

「戻り次第。検死をいたそう」

 トマスが冷静に告げた。

トマスは、本国で医師免許を取得していた。

その為、新潟にて、イギリス国籍の者が、

事件や事故に巻き込まれて死んだ場合、

イギリス領事館が検死を担うことになっている。




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