第1話

文字数 1,983文字

 京急堀之内駅のプラットフォームに「かもめがとんだ」とメロディーが、流れた。

 堀之内駅から、これから、横浜・東京方面へ通学・通勤客が向かう。

 そこに高畑充希に似たユリエが、京急快特青砥行きに乗車しようとしていた。

 もう30歳手前になる。

 ユリエは、いつも感じる。

 渡辺真知子は、こんな風に恥じらいもなく歌っている。

 しかし、ユリエは、美貌は、確かに高畑充希に似ているが、歌だけは下手だった。

 学校時代、ユリエは、音楽のテストで歌を歌ったら

「上原さん、そんな歌は駄目です」

 と言われるほど、音痴だった。

 小学校の教室で歌ったら、音痴で、みんなに笑われた。

 高校に進学したら、書道を選択した。

 その後、横浜市立大学に進学してからは、今は、食品メーカーに勤務している。

 会社の勤務とは言っても、主に、事務仕事だが、それでも、このまま、年末に終わるわけには、行かなかった。

 30歳手前の女性にも、いつまでも「音楽が嫌い」なんて言えない時期が来ている。

 世間では、ユリエは、ついこの間まで「ゆとり世代」なんて言われていたが、もうそうではないと気がつく。「Z世代」なんて出ている。Z会ならぬZ世代。そして、Z世代には、ゆうちゃみこと古川優奈さんに似ている女の子も出てきた。

 そして、会社の上司も「いよいよ世代交代ですね」なんて言っているのが、聞こえてきた。

 いやだな、と思った。

 だが、この間、垣谷美雨著『結婚相手は抽選で』をたまたま、文庫本で読んだら、冬村奈々が、何やら、国の法律でとんでもない心境になっているのを読んで、もうそんな悠長に構えることができないと思った。

 職場では、同僚が、数名いる。

 そんなに大きな会社ではない。

 ただ、たまに、東京と横浜、千葉、埼玉と静岡とか山梨にある。

 この間、結婚した同僚のマユと話をした。

 マユは、あれだけ、結婚なんてしたくないと言っていたが、LINEで話をしたら、「男って、お金だけではなく、性格やら良いところをみつけたら良いもんだよ」と言っていた。

 それは、垣谷美雨の小説と同じと思った。

 帰りの京急電車でも、横浜駅から乗るが、そんな時、ベビーカーに赤ちゃんを乗せているお母さんとかつい見てしまう。

 ユリエは、今の会社にゆうちゃみに似ている23歳の女性社員がいる。

「先輩!分からないです」

 と聞いてきて、少し、自分が嫌になった。

 彼女が嫌いではなく、そんな自分は、もう帰ってこないという自分がいた。

「先輩」

「はい」

「トイレ行ってきます」

 と平然と言っている。

 確かに、古川優奈さんは、入院したが、テレビ番組の世界と同じような発言をしている。

 以前は、会社にいても、スマホの動画で、お笑いでもドラマでも観ていたが、そうは行かなくなってきた。

 または、と思う。

 会社の先輩で、二宮和也に似た男の先輩がいる。

 ユリエは、この先輩、タカシとよく遊んだ。

 そして、実は、寝たこともあった。

 内心、寝た時、「先輩と結婚ができるかも」と思ったが、そうではなかった。

 タカシは、仕事ができるのだが、一方で、女癖が悪い。

 そして、ユリエ以外の女性とも交際をしているのが、分かった。

 タカシは、一応、ここの部署のチーフである。

 まだ、30歳だが、それでも、年が近いから、話が合うとも思っていた。

 そして、収入だっていい。

 さらに、有給とか取れば、結婚したら楽そうだとも思っていた。

 ところが、タカシは、チーフになってそれでしばらくしてから、他の会社へ転職をした。

 そして、風の便りによると、松下奈緒に似た女性と結婚したらしい。ユリエは、訴えてやろうかとも思った、裁判に。

 しかし、松下奈緒に似た彼女のお父さんは、弁護士らしく、こっちは、訴えようにも、泣き寝入りをするしかなかった。

· それで、横浜駅から京急快特久里浜行きで帰ってきた。

 夕方になっていた。

 その時、渡辺真知子のメロディーを聴いたら

「ああ、タカシは、本当に戻ってこない」

「渡辺真知子の歌の通りになった」

 とため息をついた。

 タカシは、本当に、戻ってこなかった。

 渡辺真知子の歌と同じようにひどい男だ。

 私の心をつかんだままで別れになったと思った。

 そして、その日、堀之内の地元の居酒屋へ向かった。

 30歳手前のユリエは、あんなに音楽が嫌いだったのに、急に音楽の歌詞の意味が分かってきた。

 渡辺真知子なんて、叔母さんだとか感じていたのが、急に身近な女性と意識し始めてきた。

 10代の時、ユリエは、「かもめの歌なんてださい」と思っていた。

 音楽の授業なんて大嫌いだった。

 中学時代、「上原さん、歌いなさい」と先生は、授業で言っていたが、歌わなかった。

 恥ずかしくてださい。

 文化発表会なんて、口パクだった。

 15歳の中学3年生のユリエは、そうだったのだが、今ではそうは行かなくなってきた。



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