アートンネル【artunnel】

文字数 1,642文字

ある日、僕はタロウおじさんを訪ねてみた。
その日、タロウおじさんは東の森にいた。
地べたにしゃがみこんで、人の形をした土のかたまりにキリのようなものを突き刺している。
僕はタロウおじさんのそばに近寄って、「何をしているの?」とたずねた。
タロウおじさんは「トンネルを(つく)っている」と答えた。
僕はふと、トンネルというものが何だったか分からなくなった。
「トンネルって何だっけ」と口に出してみた。
タロウおじさんは手元をにらんだまま、何も答えなかった。
僕はその場でインターネットにアクセスして、「トンネルとは何ですか」とたずねてみた。
すると、インターネットは「山腹や地下などを掘り(つらぬ)いた通路です」という答えを返した。
タロウおじさんは汗をかきながら、キリを握ったその手に力を込めている。
目のあたりをほじくられている人の形をした土のかたまりを見て、僕は思ったままの事を口にした。
「それってアリさんのトンネルみたいだね」
タロウおじさんは黙ったまま、何も返事をしなかった。


次の日、僕はタロウおじさんを訪ねてみた。
その日、タロウおじさんは西の荒野にいた。
腹ばいになって地面に耳をぴたりとくっつけ、時々(こぶし)でトントンと地面を叩いている。
僕はタロウおじさんのそばに近寄って、「何をしているの?」とたずねた。
タロウおじさんは「トンネルを創っている」と答えた。
僕には、トンネルがどこにあるのか分からなかった。
「トンネルってどこにあるの?」と口に出してみた。
タロウおじさんは地面をにらんだまま、何も答えなかった。
不意に少しはなれた地面がボコッという音を立てて、盛り上がった。
その盛り上がりが一直線に僕たちの方まで伸びてきて、地面が畑の(うね)のようになった。
そして、盛り上がりの先端から、大きな土の(つつ)がガバッと飛び出し、僕たちの顔をのぞき込むような仕草(しぐさ)を見せた。
僕はまるで生きているような大きな土の筒を見て、思ったままの事を口にした。
「少し前に見たSF映画にこんな生き物が出てきた気がするなあ。たしか、砂虫(サンドワーム)と言ったっけ」
タロウおじさんは黙ったまま、何も返事をしなかった。


また次の日、僕はタロウおじさんを訪ねてみた。
その日、タロウおじさんは北の山の(いただき)にいた。
どこかで捨てられていたように見える()びたパイプイスに、カラースプレーで色を()っている。
僕はタロウおじさんのそばに近寄って、「何をしているの?」とたずねた。
タロウおじさんは「トンネルを創っている」と答えた。
僕には、それがトンネルには見えなかった。
「それのどこがトンネルなの?」
タロウおじさんはノズルの先をにらんだまま、何も答えなかった。
タロウおじさんは色々な種類のカラースプレーをとっかえひっかえして、パイプイスに噴射(ふんしゃ)している。
パイプイスがみるみるうちに極彩色(ごくさいしょく)に染まっていくのを見て、僕は思ったままのことを口にした。
「僕にはただの色を塗ったパイプイスに見えるなあ」
タロウおじさんは黙ったまま、何も返事をしなかった。


またまた次の日、僕はタロウおじさんを訪ねてみた。
その日、タロウおじさんは南の海辺にいた。
大人がまるまる入れるぐらい大きい土管を複雑につなぎ合わせた(とりで)ぐらい大きい建造物にしがみつき、燃え(さか)る炎を(かたど)るようにノミで表面を(けず)っている。
僕はタロウおじさんを見上げながら、「何をしているの?」とたずねた。
タロウおじさんは「アートを創っている」と答えた。
僕は、アートというものが何だか分からなかった。
「アートって何だっけ」と口に出してみた。
タロウおじさんは土管の表面をにらんだまま、何も答えなかった。
僕はその場でインターネットにアクセスして、「アートとは何ですか」とたずねてみた。
すると、インターネットは「芸術です」という答えを返した。
土管の表面に縄文(じょうもん)土器のような文様(もんよう)が刻まれていくのを見て、僕は「なぜアートを創っているの?」とタロウおじさんにたずねた。
タロウおじさんは少し考えるようなそぶりを見せてから、こう答えた。

「この世界にトンネルはいらない事に気がついたからだ」


おわり
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