第1話 浜辺にて

文字数 1,996文字

私を捕まえてごらんなさ~い。
待て待て~。って、これ何?
16歳といえば、青春でしょう。


生きてる……って強く実感できた時期だったと、私は思うの。

私たちは、噂の海岸に来ていた。


この辺りの空間がどうしたこうしたで、

異常な現象が起こるとか何とか――詳しいことは分からないけど、

ここに来た人は16歳に若返るという不思議な事になるって話だ。


そんな噂を聞いた私と彼は、近くを通りかかったついでに、

本当かどうか確かめてみようと、やって来た。


それで、浜辺に下りてみたところ、噂通りに私たちの姿は若返っていた。


そして、はしゃいでいた。

これが、16歳がやるような事か?
いいじゃないの。

私たちみたいな、34歳がやっていたら、それはそれで馬鹿みたいでしょう?

 

結局、今しかできないってことよ。

それにしたって、これは一体どういうことなんだろうな。

俺たち、もとに戻るのか?

彼は、すぐに真面目な話をし始める。


私に言わせれば、今になって心配したところで意味はない。

心配するなら、こうなる前にするべきだ。


だから、私は気楽に言った。

私は戻らなくても、何も困らないけど。


若い体のほうが、いろいろと良いじゃない。

まあ、それは俺だって若い時のほうが、いろいろと元気だったけど。
なんで、男って……そうなの?
そりゃあ、いろいろ気になることが出始めるからだよ。


女だって、そうだろう。

ダイエットだなんだって言ってるのと、同じことだよ。

老化とか体の衰えとか、そう考えれば……同じと言えなくもない、のか?


彼から言われて、私はそう考えてみたが、あんまり納得はできなかった。


私たちが、そんなことを言いながら浜辺でじゃれ合っていると、知らない女が近付いて来た。

もちろん、その女も16歳に見える。

あの、16歳って大人だと思いますか?
唐突に、女は私たちにそう聞いてきた。

私は、この女の実際の年齢は、何歳なのだろうと思った。


本当に16歳くらいの可能性もあるという考えが、過ったのだ。

――どういう意図を、そこに含んだ質問なのかが、私には分からなかった。

16歳は、十分に大人と言っていい年齢だろう。

義務教育は終了していることを考えれば、責任ある考え方を持つようになっていく必要がある。

女の斜め後ろから、男が歩いて来て、私たちの代わりに答えた。

こちらも、また年齢は不明である。


しかし、話し方やその意見の内容からして、若くはないだろうなと、私は思った。

少し、話を聞いてもらってもいいですか?


16歳って、体は成長しているし、働くことだって、結婚とか性的にだって――。

そういう目で見てくる大人たちや、同級生だっていると思うんです。

だけど、私たちって常識がなかったりして、イジメとか……嫌なことがいろいろあって、子供なんです。

一部の楽しんでいる子たちも、自分のことしか考えていなくて、子供なんです。


そんな状況に置かれて、どうやって大人になれって言うんですか?


私には、その方法が分かりません……!

女は、話を聞いて欲しいと言って、段々と口調を荒げていった。

そして、「分かりません」と苦しそうに言うと同時に、男に突進して行った。


女が肩からぶつかっていき、男はバランスを崩して倒れた。


砂浜には、60歳過ぎの男が倒れている。

16歳には、全く見えなかった。


しかし、女の隣には――さっきまで私が見ていた16歳の男が、薄ぼんやりと立っている。

私に、その方法を教えてください。


あなたも、ここで私と一緒に……。

そう言う女の後ろには、他にも数人の男女が、薄ぼんやりと立っていた。


幽霊……?


それを見て、私は後ずさりした。

そばに立つ彼の服の袖を、私は掴んだ。

ねえ、この16歳に若返るっていう異常な現象は、あなたが引き起こしているの?
いいえ、これは地球の異常現象です。

私ではありません。


私は、こういう場所に引かれて、来ただけ。

どうして、こんな事をしているんだ?

こんな事をしたって、君は幸せになれないだろう?

幸せ? 何を言ってるんですか。

私は、みんな嫌いなんです……。

16歳も嫌い! 16歳の苦悩を理解しない大人も嫌い!


どうせ、大人ぶってるだけなんでしょう!

私の心に、女の声は深く届いていた。


そうやって、正面切って本音をぶつけられると、突き刺さるものがある。

私は34歳だけど、説教なんて出来ない。

そうだよ。

俺たちは、何が大人かなんて分かってない。

16歳に戻りたいとさえ思うくらいだから、私たちは大人じゃないわね。
だって、その状況を変えてあげることは出来ないから……。
あんた達みたいなのは、いらない。


気持ち悪いのよ。友達にはなれない……。

女は、私と彼に背を向けると、他の16歳の姿をした人たちを連れて、行ってしまう。


私は、寂しい気持ちになった。

だから、離れて行く背中に、声を掛けた。

私たちも、頑張って大人になるから!
……。
彼が、私の肩を抱き寄せる。


そうして、私たちは海岸を後にして、34歳の今の自分に戻った。

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