第1話

文字数 1,995文字

私たちは三つ子だった。
上から、リン、リノ、ユイ。同じ顔で、同じ髪型をしていた。
両親以外は、私たちの見分けが難しかった。
ある日、私たちは三人で留守番をしていた。
インターホンが鳴り、出ると開口一番「運命を買いませんか?」と言われた。
モニター越しにいらないと返すと、「運命のピストルです。買いませんか?」と食い下がってきた。
「え! ピストル! あたし欲しい!」
ユイが喜び勇んで玄関へと走っていった。慌てて私たちも追いかける。
玄関ドアを開けたユイが訪問者を招き入れた。
訪問者は名刺を差し出した。名刺には『執行人 みちのく辰則』と書いてある。
「みちのく……なんて読むの?」
「たつのりです」
「辰則さん。わあ」
名刺を受け取ったユイは、腕をぶんぶん振り回して嬉しそうだ。
「運命のピストルって何ですか?」
私の背中に隠れたまま、リノが訊いた。リノは人見知りなのだ。
「あなたの運命を変えるピストルです。持っているだけで、人生が変わりますよ」
辰則は持っていた四角いカバンを開けて、私たちに見せてくれた。
中に入っていたのは手のひらサイズのピストルだった。銃口が黒く光る。
「これは本物なの?」
今度は私が訊いた。ユイが手を伸ばして触ろうとしたので、その手を払いのける。
「本物ですよ。試しに、撃ってみますか?」
「撃つの!?」
私が驚いて声を上げると同時に、ユイが「あたし! やりたい!」と騒ぎだした。
暴れるユイを何とか羽交い絞めにすると、私の背中に隠れていたはずのリノがピストルに手を伸ばしていた。
「リノ! やめて!」
リノはピストルを掴むと、迷わず銃口を前に向けて引き金を引いた。
バンッ。
玄関ドアに穴が開いた。
「リノ! なんてことするの!?」
「買います」
私が叫ぶと同時に、リノが言った。
「ありがとうございます。では、御代を頂きます」
辰則はそう言うと、素早くポケットからスプレー缶のようなものを取り出して、リノの顔面に噴射した。
リノは一瞬にして床に倒れた。
ピストルがリノの手から落ち、床に転がる。
「リノ!?」
私はユイから手を離し、リノに駆け寄った。
リノは息をしていない。
「どういうこと!?」
辰則に掴みかかろうと向かっていくと、ひらりとかわされた。
「あたしの!」
ユイがピストルを拾って、天井にかざした。
バンッ。
天井にあった電球が割れ、破片が飛び散った。
「ユイ!?」
辰則は私を押しのけて、ユイの肩を掴んで引き寄せ、リノと同じようにユイの顔面にも何かを噴射した。
すると、ユイも一瞬にして力なく床に倒れた。
私は全身がガクガクと震え出し、尻もちをついた。
辰則が踵を返し、ゆっくりと私に近づいて来る。手にはピストル。
「さあ、あなたはどうしますか?」
顎が震えて、何も言えなかった。
私はなんとか首を横に振った。
「あなたはいらない、と」
辰則の言葉に、頷いて返した。
辰則はカバンにピストルを戻し、丁寧に一礼して帰っていった。
私はわけがわからず、両親が帰ってくるまで声を上げて泣いた。

両親は帰ってくるなり、大きなため息を吐いた。
「なんだ、リンだけか……」
父がそう呟くと、母も残念そうに言った。
「我が子は二人も犯罪者予備軍だったのね……」
「どういうこと!? お父さん、お母さん、わかるように説明してよ!」
「運命のピストル、あれは試験なんだ」
「試験?」
母が頷いて答えた。
「ええ。犯罪者予備軍をあぶり出すための試験なの。ピストルを発砲するということは、そういうことなのよ」
「どういうこと? リノやユイがいずれ犯罪者になるってこと?」
「その可能性が高いということだよ」
父が答えた。
一ヶ月前、犯罪者予備軍一斉取り締まりが始まったというのだ。
通称『運命のピストル』
未成年者による犯罪行為が全体の9割を占めており、苦肉の策として取り締まり法案が可決されたという。
「そんなのおかしいよ! それでリノやユイが殺されなきゃいけないの!?」
「二人は殺されたわけではないよ」
父が私の肩をやさしく叩いた。
「二人は魂を吸われただけだよ。なあに、一ヶ月もすれば戻ってくるよ」
「戻ってくる……?」
「ああ、きちんと更生されて戻ってくる。さあ、二人をベッドまで運ぼう。母さん、箒と塵取りを持ってきてくれ」
父に言われるがまま、二人をベッドまで運んだ。その間、母が電球の破片を片付けた。

一ヶ月後、辰則が二人の魂を戻しにやって来た。
四角いカバンを開けると、スプレー缶のようなものが2本入っていた。
辰則は1本ずつ、リノとユイの顔面に噴射した。
そうして二人は瞬く間に目を覚まし、ベッドから起き上がったのだ。

数日後、私はユイの髪をくしで梳かしながら、おそるおそる訊いた。
「ねえ、ユイ。魂が抜かれたときの記憶ってあるの?」
「……ない」
ユイは俯いた。
リノは部屋の中をぐるぐる走り回り、水鉄砲を噴射しながら甲高い声を上げている。
私はため息を吐いた。
どうやら辰則は二人の魂を間違えて戻してしまったらしい。
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