再々会会、そして本当のオワリはじまり

文字数 3,202文字

 目が覚める。暗闇。徐々に目が慣れ始めて、見知った天井が現れる。
 ここは……自分の部屋だ。
 スマートフォンの画面は夜の9時半過ぎを指していた。何件かSNSの通知が見える。部屋のカーテンは開いたままで、外を見ると雨が降り(しき)っている。月明かりが無いせいで部屋の中はじっとりと暗い。朝はあれだけ晴れていたのに……母の見ていた天気予報は当たっていたようだ。
 それにしても、何時の間に眠ってしまっていたのだろう? 寝起きだからか、健太の記憶はやけにぼんやりとしていた。
 ――朝折り畳み傘を持たされて、でも外は快晴で……そこから……?
 あやふやな記憶を辿りながらも、惰性でスマートフォンのロックを解除してSNSを開く。届いていた通知はニュースサイトの物だった。

「【速報】西貝田駅 通行人数名が意識不明の重体」

 西貝田――。駅前には居酒屋が並んでいるばかりで大した娯楽施設も無いのでほとんど降りた事は無いが、登校に使う路線の通過駅の1つだ。
 本文を読み進める。今日夜8時過ぎに西貝田駅周辺で通行人数名が意識不明の重体。原因はまだ特定されていないが、警察はガス漏れ事故等の可能性も視野に入れながら捜査を進めている、らしい。
 ふと、偶に父親が仕事帰りに西貝田に立ち寄る事があるのを思い出し、慌てて起き上がる。が、下の階から野球観戦に盛り上がる父親の声が聞こえ、思わず安堵の溜息を漏らした。

「にしても怖いな……何が原因なんだろ」

 このまま運休になったら明日学校休みになったりして……などと不謹慎な独り言を零す。

 ガタガタッ!

 不意に窓側から音が聞こえた。
 バッと顔を上げる。
 暗闇の中、ベランダに人影が見えた。

「ひっ――」

 思わず息を飲む。
 夜中、雨の日、2階の部屋のベランダに人影……思い当たる物といえば……泥棒くらいしかない。今あの人影がどこまで見えているのかは分からないが、カーテンも閉まっていないこんな狭い部屋ではすぐに見つかってしまう。
 追い払う? 大声を出す? 警察に電話? いやでも犯人が逆上して殺されたり……
 思考がぐるぐる回る。恐怖と焦りで何も纏まらない。

 ガタガタッ……カチャッ

 再び、窓を揺する音。そして……何故か、鍵が開く音。

「えっ?」
 
 人影はのそりと部屋に入り込み、部屋を見渡した。健太のいる方向に首が止まる。
 と思うと、その人物は健太に向かって両腕を伸ばした。
 
 ――あぁ、終わった。死ぬんだ、俺。

 思わず目を瞑る。
 その腕に両肩を掴まれ、健太は益々身を強ばらせた。

「キミは何者?」
「……は?」
 
 思いもよらぬ言葉に目を開くと、フードの下のその顔がちらりと覗き、何故か心臓がドクンと跳ねた。西洋人形と見紛(みまご)う程美しい、まるで作り物のような顔。――少女?
 そして彼女の薄藍色の瞳と、視線が交差する。

 ばちん、と頭の中で何かが弾けたような音がした。そして()()稲妻のような衝撃。この衝撃を健太は知っていた。否、思い出した。
 定期入れ、黒い珈琲、銀髪、アタッシュケース――。
 記憶が濁流のように溢れ出し、思わず眩暈を覚える。ふらついた身体を彼女が引き戻した。

「し、シイ……どうやってここに……?」
「住所も名前も聞いたし」
「町名しか言ってない気がするけど……」
「えぇ、そうだったかな?」

 彼女は目線を逸らし唇を尖らせた。古典的な(とぼ)け方に力が抜ける。
 と思うと彼女はパッと表情を変える。眉を吊り上げ、健太の肩を掴んだその手に再度力を込めた。

「私達のドア計画はケンタ、キミの情報で完璧となる筈だった! なのに、モリサキに気を取られてキミの正体に気付く事が出来なかった私を心中で嘲りながらキミは私達の計画をぶち壊した! その上――」
 
 ――柳眉倒豎(りゅうびとうじゅ)ってこういう事かぁ。
 数日前の現代文の授業の光景が脳裏に浮かび、健太は少し笑った。余談と豆知識ばかりで授業が進まない現代文担当の教師が、やはり雑談の中で黒板に書いた言葉を思い出す。とはいえ見慣れない漢字であるせいで「豎」の漢字などは記憶の海の中にふわふわと溶けて輪郭がハッキリしていないけれど。 
 詰まる所、理解が追いつかないと人間は現実逃避を始めるようだった。

「――そもそも、ケンタはどうやって私達の侵略を阻止したの?」
「し、侵略……?」

 そういえば最後の瞬間にそんな言葉を言っていた気がする。
 混濁する記憶を順繰りに整頓しながら彼女の突飛な話を理解するのは酷く難しい。

「私達が考えた毒の雨の計画……名付けてドア計画、その内容を知っている地球人類はキミだけだもの」
「名付けて……何?」
「ドア計画」
「ダサいな……」

 そこではたと気付く。

「――待って、毒の雨?」
「そう、私達が西貝田で降らせたあの毒の雨は、粘膜に一定量以上触れる事で地球人類を昏睡させる。解毒剤は私達しか持っていないから、昏睡した人々の生命と引き換えに私達は地球の居住権を得る筈だった」
「いや、いや、頼む待ってくれ、頭が痛くなってきた」

 思考が追いつかない。そもそもスタートから追いつけていないというのに、彼女はさらに容赦無く健太を置いてけぼりにする。

「東京ほど人口が多くないとはいえ、西貝田でも数百人の人質は確保出来る計算だった。でも実際はたったの数人! しかもその数人も大した量には触れていないから、少し後には目を覚ましてしまう。全てキミのフェイクのせいで!」
「フェイクを言ったつもりは無いけど……」
「その上でキミは毒の雨を防ぐ地球人類の最終防衛兵器を私に差し出した。あれは私に対する挑発でしょう?」

 ――さ、最終防衛……何?
 尋ねようとした瞬間に思い出す。母の使い古しの、あの褪せた折り畳み傘。

「え、えっと、つまり、シイさ……シイは地球を侵略しに来てて、西貝田駅で毒の雨を降らせて人質か何かにするつもりだったんだけど、皆が傘を持ってたから被害が少なくて怒っている……って事で合ってる?」
「そう、そして侵略を防ぎ、記憶処理を破ったキミの正体を暴きに来た。さぁ、真実を告げなさい」
 
 彼女は丸々とした奇妙な形の銃を健太の額に突きつけ、有無を言わさずそのトリガーを引いた。
 思わず目を瞑る……が、痛みも無ければ何かが変わった様子も無い。目を開いても、変わらずそこは自分の部屋で、目の前に彼女が立っている。
 ポカンとする健太に、シイはぶっきらぼうに告げた。

「これは脳波に干渉し、事実を答える事しか出来なくなる装置だよ。キミが触れた定期入れ(カード)だけではパワーが足りなかったようだけれど、こちらを使えば誰も逆らう事は出来ない。
 さぁ、言いなさい。私の事を知ってて近付いた?」
 
 ――こいつら、何でもありかよ!
 脳内で健太は大声を上げていた。ただ居合わせただけで脳波に干渉されるなどたまったものでは無い。
 そんな感情とは裏腹に、健太の口は勝手に質問に答え始める。

「知らなかった」
「ドア計画の事は知っていた?」
「知らなかった」
「そ、そんな訳ない! でもパパがくれた装置に間違いがある訳が……どういう事? あの防衛兵器は何?」
「あれは雨の日に大体皆が使ってる」
「み、皆って、地球人類が皆……!?」
「それはどうか知らないけど」

 矢継ぎ早の質問に答える様は喫茶店と同じだ。健太の意志と関係なく口が動いている事を除けば、の話だが。
 健太の答えにシイはどんどんと冷静さを欠いてゆく。
 
「な、何て恐ろしい星……
 私達の知識不足が原因で今回の計画が失敗した事はよく分かった。きっと地球人類はもっと何か恐ろしい物を隠し持っている。キミは重要な情報源であり、ある種の人質でもある。()()()調べさせてもらおうか。
 ――もう1度だけチャンスをあげる。キミは一体何者?」
 
 そして健太の口は、自分では最も言いたくないと思っていた筈の言葉を勝手に紡いだ。

「ただの平凡な男子高校生です……」

 

 ――そして今日、俺の平凡な人生は終わりを告げた。
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