あなたへ

文字数 532文字

この身があなたと分かたれてから、幾年(いくとせ)かかったでしょう。
行き交う雑踏(ざっとう)の中、あなたを探します。

今すぐにでも駆け出して、自らの足であなたを見つけたい。
しかし、それはこの身に負わされた(いまし)めにより叶いません。

通りすがる人々がわたしに好奇の目で眺めます。
時には「どうしたの」と優しい声をかける方も。
しかし、わたしは知っているのです。それは一時の感情によるものにすぎないと。
どうせこの場から離れて数刻も経てば、わたしのことなど頭の片隅からも消え去る。

あたなは、あなただけはわたしを置いていかないと思っていました。
もう、仮初(かりそめ)の善意で話しかけられる地獄には耐えられません。
あなたがいない世界。果たしてそこにどれだけの意味を見出せるというのでしょう。

ああ、なぜ見捨てたのでしょうか――

「お待たせ」

ああ――

両手に満載になった袋を下げているのは、あなただ。
わたしの視界は影によって暗くなります。いや、心には一条の光が差し込んだのです。

「悪かったって。たかが5分10分買い物しただけで、この世の終わりみたいな顔するな君は」
あなたによってわたしはその戒めを解かれます。

「帰ろうか。ポイント5倍だったから、ついつい買いすぎちゃった」
よかった。わたしはまだ、あなたとともにいることが許されている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み