第1話

文字数 1,994文字

十五の最後の夜を終え、十六の朝を迎えた。
盗んだバイクで走り出す勇気を持てなかったボクは、名曲の主人公のように大人や世間へ反発することも無く、比較的いい子な、いや自分を誤魔化し無気力な十五歳を過ごしてきた。
だから十六歳に期待していた。十六になればそれを契機に変われるはずだと。

誕生日の朝は少しソワソワする。
小さな頃は両親だけでなく祖父母も集まり盛大な誕生会が開かれていた。一人っ子なのでボクの誕生日は家で一番の行事となりやすい。しかし思春期のボクにはそれが小恥ずかしく、二年前からは大規模な誕生会は止めてもらっていた。特に去年は受験ということもあり母と二人で夕食の後にケーキの蝋燭を消しただけ。それでもボクにとっては一年の大事な節目であり、誕生日が特別な日であることに変わりなかった。

「母さん今日から新しいパートに行くから早くご飯食べちゃって」
母さんはそう言いながら朝からバタバタしていた。
「そういえば今日からだったね。分かったよ」
ボクは母さんの用意してくれたトーストと目玉焼きの朝食を素早く口に放り込み、いつも通りに家を出た。

家から学校までは電車を乗り継ぎ一時間と少し。本当は近くの公立高校に行きたかったのだが受験に失敗し、この四月から少し遠くの私立高に通っていた。
振り返ると十五のボクは酷いものだった。引っ込み思案のボクに彼女などいなかったのだが好きな子はいた。話をしても気が合うし付き合おうと言えばそんな関係になれたはずだ。でも思春期のボクはそうしなかった。心では彼女を思いながらも彼女など要らないと強がっていた。
そうこうしているとボクは受験に失敗し、彼女とは別の学校になってしまった。

失意で始まった電車通学だが、小さな楽しみもできた。可愛い子を見つけたのだ。
通学で毎日同じ電車に乗るようになり、一つ気づいたことがある。当たり前と言えば当たり前のことなのだが、同じ時間の電車には、いつもほとんど同じ人が乗っている。
通勤のサラリーマンや大学生、それにボクと同じく少し遠くの高校に通う電車通学の高校生達がいつもほぼ同じ電車の同じ車両に乗っているのだ。そんな通学電車の中で、ボクはかわいい女の子を見つけた。
制服やカバンの真新しさから彼女もボクと同じ一年生であろうことは推測できた。でも彼女はボクと違い新しい高校生活を意欲的に送っていた。ブラスバンド部に入っているのだろう。トランペットケースを手に持ち部活のジャンパーを着て課題曲の楽譜を熱心に見ながら通学している。希望の高校に落ち、高校生活の目的を見いだせず惰性で通うボクとは真逆で眩しかった。
でもボクは今日、十六になった。十六になって自分を変える突破口として、誕生日の朝に勇気をもって彼女に話しかける計画を立てていた。

誕生日の朝。駅のホームでいつも通りの電車のいつも通りの車両のいつも通りの扉の前にボクが並ぶ。ボクから三人前にはトランペットの彼女が立っている。電車に乗ったら彼女の近くに席を取り、勇気をもって話しかけてやろう。十六になったボクはそう狙っていた。
電車の扉が開き、みんなが車両に乗り込んでいく。ボクはすっと彼女のそばに近寄った。しかしそこで、いつもと違う、思いがけないことが起きた。
「あっ、里中先輩おはようございます」
「おはよう、ユカリちゃん」
トランペットの彼女が先に電車に乗っていた男に話しかけたのだ。里中先輩と呼ばれた男は昨日までこの車両には乗っていなかったはずだ。
(ひょっとして待ち合わせ?)
ボクは動転した。計画していたボクの輝かしい十六歳を彩る作戦が狂ったのだ。
そんな僕を無視してトランペットの彼女と里中先輩と呼ばれた彼は二人並んで席に座った。ボクはその対面の席に座り二人の様子を凝視する。
当然二人はボクのことなど気にしていない。というか存在にさえ気付いていない。
二人で楽譜を見せ合いながら楽し気に話している。
(ただの先輩である可能性もある・・・)
僅かにそう期待していたが、二人の様子は変わらない。それどころか彼女の笑顔はますます弾け、最終的に幸せそうに目を閉じて、傾けた頭を彼の肩へもたれかけた。
(ダメだ、付き合ってるよ・・・)
これでもうボクの計画はすべて破綻してしまった。

失意の中で学校を過ごし、家に帰る。
十六歳を華やかにスタートする計画は失敗した。でもバースデーケーキの蝋燭を消したその瞬間に、新しい何かが始まるはずだ。ボクはそこに望みを賭ける。
期待してドアを開けたが母は居ない。
(そういえば今日から新しいパートだったな)
真っ暗な部屋の電気を点けるとテーブルの上に夕食と一枚の手紙が置かれていた。
「歓迎会で遅くなるから、これ食べて寝て」
母の手紙に驚愕した。
(誕生日のこと忘れてやがる・・・)
ボクは天井を見上げ息を吐いた。天井の灯りは昨日と変わらぬ光を放つ。
「十六歳はまだ始まったばかりだから」
ボクはそう強がった。
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