No way

文字数 2,000文字

俺はスマホのアプリを起動して私的空間(ホーム)に入った。
一応、ありきたりなアバターに着がえとこう。
メッセージを確認。
ちょっと緊張(きんちょう)するな。
俺は招待を受けて、相手の仮想空間(ワールド)に入った。

いよいよ職業体験が始まる。

俺がお世話になるのはメタバースのプラットフォームを運営する会社だ。
画面が切りかわると鳥の頭をしたアバターが出迎えてくれた。
「こんにちは! はじめまして。バドオです!」
挨拶(あいさつ)と一緒に紙ふぶきエモートがあらわれる。
俺はおじぎエモートを返した。
「こんにちは。ハラです。よろしくお願いします!」
「まずは僕の仕事を紹介するね! この空間にたくさんの大きなパイプがあるのが見えるよね!」
「はい!」
俺は辺りを見回した。
だだっ(ぴろ)い空間に色んなものが浮かんでいる。
長さはあんまないし、穴が見えないから、正直パイプって感じはしない。
「これはね、トンネルなんだよ」
「トンネル?」
「そう! 君がここへ来た時、一瞬だけど、トンネルを通ってきたんだよ。すべてのホームもワールドもトンネルでつながっているんだ! 僕の仕事はそのトンネルを守ることなのさ!」

なに言ってんだ?

俺は聞き返した。
「えっと、サーバーの管理ですか? それを視覚的に表しているのがこのワールドってことですか?」
バドオさんは人差し指を左右にふった。
「ここはメタバース! ありえないなんてありえない!」
「でも……」
百聞(ひゃくぶん)一見(いっけん)にしかず! レッツゴー!」飛び上がったバドオさんの背中に、バサリと翼が生えた。「()いやすいからハラ君には羽をプレゼントだ!」
言い終わらないうちに、俺の体が浮き上がった。

思ってたのと違う!
俺はあわててスマホをもちなおした。

背を向けてバサバサと飛び去ったバドオさんを追う。
俺の背中には妖精っぽい羽が生えて、すべるように飛んでいる。
前を行くバドオさんが右の方を指差した。
「あれは一般的なトンネルだよ! ホームとワールドをつないでいるんだ」
「同じのがいっぱいありますね」
バドオさんは別のトンネルを示した。
なんか形があいまいでわしゃわしゃしている。
「こっちのはワームホール! これは過去ワーだ。過去のイベントにつながっていて、参加はできないけど、体験ができるんだよ」
「アーカイブを見れるってことですか……?」
手招きするバドオさん。
「このトンネルはミラワー。未来のイベントにつながっているよ!」

本気で言ってる?

「いやいやいや! それはありえないですって! さすがに!」
(ちゅう)を舞うバドオさん。
「どうしてかな? どんな世界も創造できるのに。亡き人の面影も、失った故郷への帰り道も、愛のない世界だってOK! すべての『ある』とすべての『ない』を好きなバランスで(かたち)にできるんだ」
「そういう設定ってこと……!?」

なにこれ? 職業体験だよね!? どういう(てい)でいればいいんだよ!

バドオさんは手を合わせた。
「ごめん! ややこしかったね。過去ワーは実装に向けて実験中、ミラワーは実現性を研究中なんだ!」

最初に教えて!

「ーーやっぱりここにあるトンネルは存在しないんだ」
「確かに仮想のトンネルだよ。でもね、ビジュアルイメージはこの仕事に欠かせないんだ。例えば心が通じ合う時も、僕は肉体を超えてつながるトンネルがあると思うんだ!」

急に道徳の授業みたいになった。

スッと片手を上げる。
「そういうのはいいんで」
「だよね! 楽しく行こう!」
全力のいいねポーズが返ってきて、肩の力が抜けた。
笑い合っていると、叩くような音が聞こえてきた。
見れば点滅(てんめつ)するトンネルが、ふつうのトンネルに先端(せんたん)を打ちつけている。
「あれは他のトンネルを(こわ)して、ワールドを迷子にしてしまう!」サッと凛々(りり)しいフォルムになって、バドオさんは頭上へと手を伸ばした。「規約違反、僕は決して見逃さない!」手から光があふれ出して、L字型になっていく。「いでよ! アドミニスターレーザー!」
バドオさんは光の銃を両手で握りしめ、かまえた。
「くらえ! Baaaaan(バーーン)!」
放たれた光の弾丸で、無法トンネルはバリンと割れた。ひびが広がって、粉々に砕け散る。
するとその近くで細長いトンネルが逃げるように飛び出した。
「バドオさん! なんか出てきた!」
(やつ)はプライベートなトンネルに巻き付く(のぞ)()だ! Freeeeze(フリーーズ)!」
俺は目の(はし)で別の閃光(せんこう)をとらえた。足の方向を覗き込むと、激しく輝くうねりがあった。
「あれはどんな敵ですか!」
「新しいタイプのトンネルだ!」
「新しいタイプ?」
「誰かが僕らの想像を超えたんだ!」
本当に嬉しそうな声。 
どこまで本気で、どこまでが事実なんだろう?
ーーそこへ、バネみたいなトンネルが(おそ)いかかってきた。

バドオさんと違法トンネルを倒したり、バグったトンネルのケアをしたり。
俺はすっかり夢中になっていた。

職業体験であることを忘れてたんだ。



その夜、俺はタブレットの前で頭を抱えていた。
あれを俺の言葉で説明(レポート)する……?
「ありえないってー!」

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