時計台の管理人

文字数 802文字

時計台がある。
街のシンボルだ。
大きな時計が、街のどこからでも見える。

長い年月、ずっと、ここに建っている。
石造りの建物は風雨にさらされて、角がとれて柔らかな印象になっている。
時計台の由来はいくつもあって、今ではどれが本当なのかわからなくなっている。
それほど長い間、ここに建っている。

時代がかわり、原子が時を刻むようになり、電波が人々の時間を合わせていく。
それでも、シンボルの時計は残された。

時計台の内部では、巨大な機械装置が動いている。
振り子がカチ、カチ、と音を立てて揺れ、いくつもの歯車が回っている。

一日に数度の調整が必要だ。
わずかな音の違いを聞き分けて不具合を見つけ出して修理しなければならない。
管理人は、様々な人によって受け継がれてきた。

誰もが、時計がそこに「在る」ことが当然だと思っていた。なくなることなど考えられなかった。

今日も、管理人が時計台を上っていく。
コツン、コツン、と石の階段を鳴らして。
機械の部屋を開け、音を聞く。
カチ……カチ……カチ……カチ……
振り子はいつもと同じリズムで揺れている。

歯車を見て回る。異常はないか、彼の眼はくまなく、隅々まで見ることができる。
これまでの経験則はすべてメモリに入っている。

大丈夫。
異常はない。
少しだけズレてしまった時間を、ぴったりに合わせる。

彼は仕事を終えて、時計台を出る。
街に、人の気配はない。
街だけではない。おそらく、この地方一帯に、人はいない。

彼はコツン、コツンと歩いて戻る。
次の調整の時間までに、やることはたくさんあった。
時計のための部品を作る。
そして、自分のメンテナンスをする。
そのほかに必要なことも、すべて行う。

今、彼がもっとも時間を費やしているのは、自分のスペアを作ることだ。
彼を作った人は、とうの昔にいなくなってしまった。
だから、彼は、自分で計算して行動する。

工房に入ると、いくつもの自分がずらりと並んでいる。

時計を守るために、彼はいる。
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