発掘現場

文字数 2,209文字

「博士! 大発見です!」
 助手のあげた素っ頓狂な叫び声に心臓が止まるかと思ったと胸に手を当てながら、博士はゆっくりとした足取りで助手のもとへと向かった。
 発掘現場には雨避けのテントが張られている。雨は降っていないというのに、雨や風から守るように、助手は背をかがめ、体全体で発掘現場のその部分を守っていた。もともと曲がっている腰をかがめ、博士は助手の手元を見入った。
「魚の尾びれじゃないかと」
 助手が刷毛で砂を掃いてみせた。いくつもの筋が放射状に地面に刻み込まれている。
 顔を輝かせたのも束の間、博士の顔は曇ってしまった。
「残念だが、これは魚の尾びれなんかではないよ」
「では何です?」
「プラスチックカップというものだ。プラスチックという物質で出来ているコップだ。持ちやすいようにとコップの側面に幾重もの筋が入っている。この筋が尾びれの筋のように見えたのだろうて」
「どうみても魚の尾びれにしか見えないですけど?」
 助手は納得がいかないようで、首を傾げている。
「あっちには頭部と思われる部分が発見されているんですよ」
 助手は博士をその場所へと案内した。
 助手が指さした地面には、目玉を失った眼窩がくっきりと刻まれている。口が開いた状態の魚の頭部だ。
「貝と思われる細長い物も発見されています。おそらく、珊瑚の一種ではないかと。カキと思われる化石も近くで見つかっています」
 助手に促され、博士は辺り一帯を丁寧に観察し始めた。
 魚の頭部の思われる化石の近くには幅五ミリ、長さは十センチほどの細長い筒状の物が横たわる。首とおぼしき部分には複数の筋があり、その先、一センチほどの頭部らしき部分が三十度ほど前傾している。
 カキの殻と思われる化石ともじっくりと眺めまわした後、博士は悲しそうに首を横に振った。
「カキと君が思った物はおそらくトングの先端部分だろう」
「トング? 何ですか、それは?」
「食べ物を挟む道具じゃよ。先端がへらのようになっている二対の棒を箸のように用いて食べ物をつかむのじゃ。箸と違う点は、トングの末端はばねで固定されていて一つの道具となっているところじゃな。先端がへらのようになっているのは、挟んだものを落とさないようにという工夫じゃ。珊瑚の一種ではないかと言った物は、ストローという代物じゃ」
「ストロー? 聞いたことありません」
「ストローとは、容器に入った飲料を飲むための道具じゃ。飲み物の入った容器にストローを差し、先端に口をつけて息を吸い込む。ストロー内の空気が吸い出されることにより、ストローの内と外とで気圧に差が生まれる。気圧の低くなったストロー内へと飲み物が吸い込まれる――口へと吸い込まれるという形で飲み物を飲むことが出来るという理屈じゃ」
「なるほど。でも何で途中で曲がっているんです? 真っ直ぐな管状の方が吸い込みやすいと思うんですが」
「自分の体に自由がきく身ではそうなのかもしれん。だが、体を思うように動かせないとしたら、ストローの方が自由に形を変えてくれたら便利じゃろう? 蛇腹状になっていて、折らずに角度をつけることが出来るようになっているのじゃ。おそらく、缶ジュースに差してあったのじゃろうて」
「缶ジュース? また聞き慣れない物が出てきましたね?」
「君が魚の頭部と勘違いした物だが、多分缶ジュースの蓋部分だ。潰れてしまっているがね。飲み口だけが開くように細工が施されている。君が魚の頭部と思ったのは無理もないて。飲み口部分は確かに眼窩に見えなくもないからのう。飲み口にストローを差して飲み物を飲んだのだろうて。ソフト飲料かアルコールかはわからんが」
「博士? さっきから博士のお話をうかがっていると、この現場に残されている化石はすべて人間活動に関係する物ですが、我々は大昔の河川敷の調査発掘をしているのではなかったですか? 何故、二百年も前に河川敷だった場所から、食べ物を使うトングという道具や、飲み物を飲むストローという道具が発見されるんです?」
 博士はふうと大きなため息をついた。
「その昔、河川敷でバーベキューをするという遊びが流行したことがあったのじゃ」
「ばーべきゅーとは?」
「肉や魚、野菜などをグリルと呼ばれる調理器具で焼いて食べる、一種の娯楽行為じゃ。トングや野菜をグリルに並べたり、肉をひっくり返したりするために用いられたのじゃ。飲み物は缶ジュースで、ストローを差して飲んだのじゃろう。発掘調査が進めば、ストローや缶ジュースはもっと発見されるじゃろうて。おそらく、フィルム状のプラスチック、発砲スチロールのトレーなどもな。スーパーで買ってきた食品を包装していた物だが、中身の肉や魚は焼いて食べたとして、トレーなどはこの場に捨てたのだろうて。捨てた物はトレーだけじゃないじゃろうな。ストローも缶ジュースもあるから、好きなだけ飲み食いして、後は知らないとばかりに全部この場所に捨てたのじゃろう。下手したら、肉、魚、野菜なども食べきれなかったものや切りくずも捨てたかもしれん。有機物は分解されてしまって残っていないが」
 博士は発掘現場をぐるりと見渡した。一面、褐色の地面に覆われ、水の湿り気は全く感じられない。発掘が行われていない場所に辛うじて雑草が生えているばかりだ。
「ゴミを放置したというマナーの悪さは文献で知っていたのだが、こうして証拠を見せつけられると嘆かわしい気持ちになるのう」
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