第1話 帰らざる夏への思い

文字数 1,959文字

 戦争中の少年たちが何を考えていたのかを知りたい。
 『帰らざる夏』を手に取ったきっかけはそれだった。

 また、明治時代が好きな自分は、その頃に作られた思想が昭和の少年たちにどのような影響を与えたのか興味があった。

『帰らざる夏』の著者である加賀乙彦先生は、ご自身も戦中に名古屋陸軍幼年学校に入学している。
 この本はその名古屋陸軍幼年学校を舞台にした小説だ。

 主人公は省治という少年。
 省治は陸軍将校であった従兄に憧れ、また、時勢に押され、倍率100倍という陸軍幼年学校に入学する。

「きょうも一日壕堀りだろうか」
「敵の本土上陸までに間に合うのだろうか」

 そういった言葉はまさにこの時代の言葉である。
 戦後生まれの自分には馴染みのない言葉だ。
 しかし、これが省治にとっての日常なのだ。

 省治の回想にもその時代を感じる。
 興亜奉公日、練兵場、国民服。そういったものが子供時代の生活にある。
 同時に凧揚げをしたり、戦艦三笠を見に行ったり、今の自分と変わらぬ生活をしている面もある。
 
 幼年学校での生活も興味深い。
 軍学校はもっと厳しいものかと思っていたが、休日もあるし、出かけられる。

 省治は同学年の友達は訓育班の先輩たちとも親しくなる。
 みんなで訓練を兼ねて出かけることもあるし、先輩に誘われて町に出かけたり、先輩の親戚の家に遊びに行ったりする。
 そして、その先輩に恋もする。

 二・二六事件の将校たちを先輩と言ったり、東條英機が来校したり、昭和らしさもある。同時に恋した先輩との待ち合わせを楽しみにしたり、自分たちと変わらぬ感覚もある。
 読んでいく内に、昭和戦中の人も自分と同じ等身大の人間なのだと感じ始める。
 同時に飄々とした性格に見えていた源が「無償の忠誠こそが忠節の本道」と言い出したりするのが怖くなる。

 その怖さは二つの面がある。
 一つは盲目的ではなく、賢く、『坊っちゃん』など普通の小説も読み、自分でよく物を考える源の口からも「無償の忠誠」という言葉が出て来ること。
 もう一つは彼らがそうなったのは、まさに明治の頃の教育が影響しているのだろうと思えることである。
 
 省治たちの学生生活が進むと共にどんどん戦況は悪くなっていく。
 重い荷物を背負っての駈歩でケガをした省治が、同じく医務室に運ばれてきた源と一緒に時間を過ごし、結ばれる。

 その次の章で、省治の父が東京の空襲を伝える手紙を送って来るのだが、そこには失われていく東京の景色、苦しくなっていく状況が切々と書かれていて読んでいて苦しい。

 進級した省治は後輩を持つ生活になるのだが、日本の戦況が苦しいとわかっていながら、日本は負けないと主張している。父や幼なじみの日本は駄目だ、負けるという言葉にも反論して、反論することで力を得ている。

 また省治は「陛下は玉砕する」と信じている。
 それは自分には無かった感覚で驚いた。

 そして、玉音放送の日。前もって放送があるのを知っていても少年たちはロシアへの宣戦布告だ、本土決戦についての陛下の御決意表明だと言っている。

 それが、玉音放送で学校の雰囲気が一気に変わる。
 天皇を天ちゃんと呼ぶようになる友人、決起を促す将校に最初は威勢のいい返事をしたのに、段々と崩れていく学校の雰囲気。
 そんな中、省治は航空士官学校の制服を着た源と再会する。

 天皇に徹底抗戦を求める蹶起の末席に参加し、失敗に終わった源は自決することを省治に告げ、省治はお供すると答える。
 
 源の膝の上に抱かれて眠いという省治と自分も眠いと笑う源。

 そのシーンを読んだ時「寝て! そのまま寝て! ゆっくり眠って朝が来て、ご飯食べてのんびり過ごせば、きっと気持ちも変わるから。親御さんも帰りをも待っているから」と叫びたい気持ちになった。
 戦争が終わって、せっかく生き残ったのにどうしてと苦しくなった。
 
 でも、彼らはそういう朝が来るのを望んでいないのだ、次の時代に生きるのを望んでいないのだ。

 自分はこの本の内容をどう受け止めればいいのか、未だにまとまっていない。
 本からはいろいろなものが得られた。
 
 先輩の家で鮎の塩焼きや雛鳥と山菜の唐揚げ、メロンなどを食べる様子は、食べるものが何もなかったと言われる戦中とは違う景色であったし、国体の護持を第一に考える大臣たちと違い、幼年学校の生徒は、戦争に負けたら天皇の自害などということを考えていたのかなど予想外の話も見ることが出来た。

 そして、彼らは明治の頃に出来た軍人勅諭などを吸収し、その勅諭を作った当人たちより純粋にその考えで生きていた。

 ああ、どのあたりで日本はこうなってしまったのだろう。
 自分は明治から少し進んで戦前の本まで読んでみることにした。
 彼らの死を避けることが出来る道があったのか、いつか知りたい。
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