第1話

文字数 1,068文字

 こんばんは、真夜中過ぎの二十四時五十分になったようです。
 今回は昔、わたしが友人から聞かされた話を披露したいと思います。あの時もこんな真夜中過ぎでした。長引いた設営作業にめどが付き、休憩を取ることになりました。そんなひと時の話です。

 しかし、彼の話をする前にまず、トマス・アクィナスについて語らなければならないでしょう。トマスは「神学大全」を著したスコラ学の神学者であり哲学者でもあります。カトリック教会では聖人とされています。

 彼は千二百二十五年頃、南イタリアの貴族の家に生まれました。父親であったランドルフ伯の居城で生まれたとされています。伯父が修道院の院長をしていたため、トマスも修道院へ入り院長として伯父の後を継ぐことを期待されていました。

 五歳で修道院に預けられたトマスはそこで学び、ナポリ大学を出ると両親の思いに反しドミニコ会に入会しました。家族はトマスのドミニコ会入りを喜びはしませんでした。強制的に彼をサン・ジョバンニ城の家族の元に連れ帰り、一年以上そこで軟禁され翻意を促されました。家族は若い女性を連れて来てトマスを誘惑させましたが、彼の決意は変わりませんでした。

 やがて、家族も折れて無事ドミニコ会へ入会しケルン、パリ大学へと赴き、紆余曲折を経てパリ大学神学部教授となり教授会に迎えられ教鞭をとることになりました。記録によれば、トマスは非常に太った大柄な人物で色黒で頭は禿げ気味だったようです。ですが、その所作の端々に育ちの良さが現れ、非常に親しみやすい人であったされ、論争者もその人柄にほれ込むほどでした。

「冗談のようなんだけど、そんなトマス・アクィナスが好きだったのが、このナスなんだ」

 友人はそこまで話すと手元にある「ナスときのこのペペロンチーノ」をフォークで示しました。

 わたしの目の前にあったのは「三色おにぎり詰め合わせ」でわたしにはそのパスタが格段に魅力的に見えました。

 もちろん、トマスは「ナスときのこのペペロンチーノ」など食べてはいません。食べたのはナスと地野菜のオリーブオイル炒めです。インド原産のナスですが中国を経由して十二世紀には地中海地方に入っていたようです。友人はそれをトマスが口にしたのだろうと言いました。

 後にナポリを訪れることになったわたしですが、そこにはトマスが食べたナスと地野菜のオリーブオイル炒めなど無く、彼とナスの関連はただのダジャレでしかないことを知りました。今では彼を真夜中の一時前に国際電話で叩き起こしたはいい思い出です。

 では、おやすみなさい。
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