サンダルでダッシュ!

文字数 1,778文字

 サンダルと一口に言っても色々あって、海辺で履くビーチサンダルから、街中のデートにでも履いていけるおしゃれな物まである。
 私は、先日友達と買い物をするため、街に行ったときに初めて知った。
 それまで、おしゃれなんて、しようと思ったことなどなかったから。


 数年前まで、一緒になって走り回っていた男の子達も今ではすっかり青年の顔になってしまっている。
 街中でたまに会っても、あの頃の様に無邪気にじゃれ合うことも無い。

 私は……、私も少しは変わったのかな。

 男の子達に交じって真っ黒に日焼けして、短い髪にTシャツ短パンで駆け回っていた。浜辺だって、ビーチサンダルで走り回って、海の中にまで入っていっていたあの頃が懐かしい。
 女の子とままごと遊びをするより、男の子達と走り回る方が楽しいと思うような子どもだった。


 目の前に広がる海は変わらない。
 サンサンと照る日差し。熱を帯び、潮の香りがする風。

 近所の子ども達だろう。浜辺を駆け回って、時々風に乗って『おそいぞ』、『ダッシュ! ダッシュしろって』なんて声が聞こえてくる。
 まるであの頃の私たちの様……。


 私は風になびく長い髪を持て余しながら待っている。
 少し丈の長いワンピースの裾も風に舞い。日傘が時々風に持って行かれそうになる。
 おしゃれだからって、ヒールが付いたサンダルなんて履かなきゃよかったかな。
 足元を見ると、少し、浜辺の砂に埋もれてしまっていた。


 急に強い風が吹いた。
「きゃ」
 日傘が飛んで行ってしまう。私はとっさに日傘を掴もうとしてバランスを崩した。

「おっと、何やってるんだよ」
 そう言いながら、倒れそうになった私をささえ、日傘を持ってくれる。
「颯太」
「わるい。遅くなった」
 颯太が、遅かったわけじゃない。私が早く来すぎたんだ。

「なんか懐かしいな。俺らも、小学生くらいまで、ああやって遊んでたもんな」
 目の前で遊んでいる子ども達を見て、懐かしそうにしている。

 悪ガキだった颯太も今ではすっかり落ち着いた青年になってしまった。

 私も、変わっちゃったのかな。

 そう思って、颯太を見ていたら、顔を少し赤くしていた。
 手のひらを、ゴシゴシとズボンでこすってる。
 いや、それ。カジュアルっぽいけど、一応スーツなのでは?

「愛理。良かったら手を」
 私の方に向かって手を差し出してきている。
 え……と。
「その靴じゃ、砂浜は歩きにくいだろう?」
 その言葉に、颯太の手を取った。
 ゆっくりと歩いて上の歩道の方まで、連れて行ってくれる。
「ありがとう」
 無事に歩道に着いたので、私は手を離そうとした。

「このまま、繋いでいても良いかな」
「あ……うん。でも、恥ずかしくない? 地元だよ」
 確か、恥ずかしいからと人前で手を繋いだり、ましてや里帰り中にイチャイチャするのはやめようって言ったのは、颯太だったはず。

「いや、反則だろ? 愛理。なんで、小学校の同窓会ごときにそんなおしゃれして」
 綺麗になって……と、口の中でもごもご言ったのが聞こえた。
「だって、二十歳(はたち)の同窓会なんだもの。多分女性はみんなおしゃれして来るよ? わたしだけ、いつものひっつめ髪にパンツスタイルなんて嫌だもん」
 大学で私のそういう姿を見慣れてるから、意識してないんだろうけどさ。

 ぷくっと膨れながらそう言う私を颯太は複雑そうな顔して見ていた。
「なによ」
「いや……、別に?」
 颯太は、そういったまま私の手を引いてゆっくり歩きだした。

 私は、少しだけ浜辺の方を振り返る。
 子どもたちは、まだ走り回っていた。


 私が履いているサンダルは、走るどころか早く歩く事すら出来ない。
 だけどあの頃と違って、颯太が私に向かって『ダッシュしろ! 早く』と言う事は、もう無い。

 ゆっくりと、私に合わせて歩いてくれる颯太を、あの頃の私が見たら何と思うだろう。

 目の前に広がる海は変わらない。
 サンサンと照る日差し。熱を帯び、潮の香りがする風。

 だけど、私たちは大人になり、もう思いっきり浜辺を走り回る夏は来ない。
 それが、当たり前の変化なのだとしても、そのことが少しさみしく、せつないのかもしれなかった。
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