『しあわせになれる靴』

文字数 3,665文字

*この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません*
献花地町からおはようございます!

献花地町役場広報課美人三姉妹、長女のヒサギちゃんです!

献花地町からこんばんわ。

三女のクラカです。

聞いてくださいよ~! 

この間、靴屋に行ったら、わたしのサイズのレディース靴が取り扱われなくなってたんです!

姉さんの足のサイズ、女性にしては大きいものね。
そうなの~!

あんまり売れないからって、今度から置かないようになったんですって。

献花地町唯一の靴屋さんにそんなことされたら、わざわざ靴を買うのに遠出しなくちゃならなくなっちゃうわ!

そして余計な買い物もしてきて、出費がかさむ、と……。
ギクッ!
ま、まあ別にいいじゃない!ちょっとくらい……ちょっとくらい、ねえ?
本当にちょっとなの?
…………。
あーあ、どこかにわたしの希望通りの靴屋がないかしら!
全く……。

そういえば、最近、献花地町には靴の落し物が多いらしいわね。

おっ、それは本当に落し物かな!?
それじゃあ、今日はそんなお話をしましょう!
*** *** ***
ねえ、知ってる? 幸せになれる靴の話!
幸せになれる靴……?
 献花地町に引っ越してきて、早一か月。転校してきて初めてできた友だちのF美が、楽しそうにそんな話をしてきた。
やめてよ、また怖い話じゃないでしょうね……?
 この町には、オカルト話や怪談が好きな人が多いようだ。クラスでも、当たり前のようにそういう話題を持ち出す人が多かった。転校前のクラスメイトなら、「誰が誰を好き」なんて話や「ファミレスの新メニューがおいしそうで食べに行きたい」なんて話ばかりだったのに。

 ホラーな話が昔から駄目なわたしにとって、本当に居心地が悪かった。

 F美も、悪い子じゃないっていうのは分かるし、むしろいろいろと気にかけてくれて助かってはいるのだが、どうにもこの手の話は嫌なのだ。

今度はそういうのじゃないよ!
あのね、なんでも町中に靴が一足、ぽつんとあるんだって!

それを見つけると幸せになれるらしいの。

靴が……? なぁに、それ。変なの。
 靴なんて、そうそう落とすものじゃない。仮に靴があったとして、それがどうして「幸せになれる」につながるのかが分からない。
でねでね、放課後、探しに行ってみない?
探しにって……靴を?
そう! 面白そうじゃない?
えー、わたしはいいよ……。
 献花地町は、夕暮れが一番気味が悪い。なんとも言えない不安感に襲われるのだ。

 だからこそ、わたしはこの一か月、学校の帰りに寄り道をしたことがなかった。

 前の高校だったら、帰りにカラオケやファミレスに寄ったものだが、今は学校が終わったらすぐに家へ帰りたくてたまらない。

えー、つまんないの!

じゃあ、私一人で探すしかないかー。

あ、でもでも! N子の家って商店街の先だったよね?

そこまでは一緒に行こうよー。

え、うーん……しょうがないなあ。

商店街までだよ?

 妙な噂に関わるのは、少しでも嫌だったけれど、わたしはしぶしぶ頷いた。一度断ってしまった手前、また拒否するのはなんだか気まずかったし、なにより、ここで断ったら今日はF美と一緒に帰れないかもしれなかった。

 帰路が一人になるのは、怖い。

 こうして、わたしたちは帰り道に、靴を探しながら歩くこととなったのだった。



うーん、靴、見つからないね。
靴って言っても、いろいろあるけど……革靴とか、パンプスとか、スニーカーとかサンダルとか……。どういう靴なの?
 きょろきょろと辺りを見回しながら歩いているが、めぼしいものはない。軍手とか、靴下とかならまだ道に落ちているのを見たことがあるが、流石に靴の落し物なんて、そうそうないだろう。
うーん、それがバラバラなんだよね。

革靴の目撃が一番多いらしいけど、いろんな靴があるみたい。

ふーん……? 靴によって、どの方面で幸せになれるのか決まるのかな。

革靴だったら勉強や仕事とか、パンプスだったら恋愛とか……。

なにそれ、面白そう! 

それだったら、普通においてあったら晴れとか、横向きだったら曇りとかかな?

それはもはや占いの域じゃない?
言い出したのN子じゃーん。
 くだらないことを話していると、だんだんと妙な恐怖心はなくなって、ただただ、駄弁りながら下校しているだけとなった。このまま家にたどり着けるかな、なんて思っていた時だった。
うーん、結局、商店街についちゃったなー。
しょせん噂なんてそんなもんだよ。
ちぇー、つまんないの! まだ時間あるし、ちょっと家まで遠回りして探してみ――
あ、あれっ?
どうしたの?
ねえ、あれ、靴じゃない?
 商店街前にある横断歩道の手前にある、歩行者用信号機のボタンの下に、一足の靴がある。

 革靴のそれは、気味が悪いくらい、綺麗に整ってそこに置かれていた。

 他人の家にお邪魔するときに、きっちりそろえるような、そんな感じだった。少なくとも、たまたま落としてしまった、という様子ではない。

本当にあった! 近くで見てみようよ!
え、うーん……――
ッ、危ない!
 わたしはばっとF美の腕をつかんだ。

 ――その直後。

ガシャアアァンッ!
え……っ!
 車が突っ込んできたのである。ちょうど、靴のあったあたりに。

 あのままF美が靴の元へ行っていたら、ただじゃすまなかっただろう。――いや、ただじゃすまないどころの話ではない。確実に、死んでいたはずだ。

 そう思ってしまうほどに、車は猛スピードで突っ込んできていた。

と、とにかく救急車呼ばないと!

事故の時は警察も呼ぶんだっけ!?

 わたしとF美は、パニックになりながらも救急車と警察を呼んだ。

 幸い、運転手の意識はあるようで、少しだけ、ほっとした。

 救急車が去った後も、なんだかまだ現実感がなくて、わたしは、警察の人と話をしながら、ぼーっと車の方を眺めていた。

 そうして、いつの間にか、靴が消えていたことに気が付いた。

あれ……靴……。
 思わずそう口にして、事故に巻き込まれて車の下敷きになった可能性を思いついた。

 なんだか過剰に気にしてしまって恥ずかしい、と思ったが、どうやら警察の耳にしっかり入っていたようだ。

靴? 靴がどうかしたのかな?
あ、いえ、あの……車が突っ込んだあたりに、靴があったと思うんですけど……。

今はないなって……。巻き込まれてどこかに行っちゃったんですかね? すみません、変なこと言って。

 恥ずかしさに、笑いながら誤魔化そうとしたが、警察官の人は険しい顔をした。
靴ねえ……。君たち、しあわせの靴、探したりしてないよね?
 まさかの警察官の言葉に、わたしはびっくりしてしまった。

 警察官なんて、お堅い職業、というイメージしかなくて、女子高生が話半分に噂する怪談話を知っているとも、ましてや信じているとも思っていなかったのだ。

 流石、献花地町、というところだろうか。

おじさん、知ってるんですか? しあわせになれる靴のこと。
しあわせになれる、じゃなくて、しあわせの、だよ。

娘がそういう話が好きでね、たまに話してくれるんだ。

――そうじゃなくても、仕事柄、たまに聞くんだ。

最近、職質した相手が自殺志願者だと、必ず聞かれるんだよ。

「おまわりさん、この辺で靴を見ませんでしたか。しあわせの靴なんです」ってな。

じ、自殺志願者……?
ああ、そうさ。しあわせは、ハッピーや幸福の幸せじゃなくて、死を会わせると書くんだそうだ。それで『死会わせの靴』。

まあ、自殺志願者にとっては、ハッピーの方の幸せでもあるんだろうけどな。

それは……どうして?
死会わせの靴がある場所で自殺すると、必ず死ねると噂らしい。自殺で一番きついのは、未遂だったとき、なんて話もあるくらいだからな。
悪いことは言わないから、もう靴を探すのはやめなさい。

おじさんも、幽霊とか、そういうのを信じてるわけじゃないが、危ないことに首を突っ込むのは良くない。

少なくとも、自殺志願者のような、人生諦めきってる奴に遭遇する可能性はある。

どん底にいるような人間は、失うものがないからな。

やけになった相手と出会って、事件に巻き込まれたら、遅いんだ。

 説得力のあるおじさんの言葉に、わたしたちは頷くしかなかった。


 その日から、F美のオカルト好きはなりをひそめ、おとなしくなったのは、言うまでもない。

*** *** ***
……言われてみれば、ホラースポットの多い献花地町だけど、いわゆる自殺の名所、ってないわよね。
献花地町は、清く正しく美しい心霊スポットですから!
心霊スポットに、清いも正しいもあるの……?

廃墟とか、そういうのに美的なものを見出す人は一定数あるから、美しくはまだ分からなくもないけど……。

ま、件の靴のせいで、献花地町自体が自殺の名所、みたいな噂もあるみたいですが……。

ちゃんと人間の住んでる、普通の町ですからね!

人間以外の住人も、時折目撃がありますが。
皆さんは、健全に観光へ来てくださいね。
今日の話はいかがだったでしょうか?

よろしければ、あなたも是非、献花地町へ遊びに来てくださいね。

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