侵食する穢れ

文字数 1,083文字

 明日なんて来なければ、と思いながら今日を迎えた。何度目だ。アンドロメダーに情けを。彼はどうして私とお付き合いしてくれているのだろうか、と、そんな考えても本人に聞いても何をしてもどうしようもないことを考える。

「寝よう」

何度目だ。まぶたの裏に映るのは今日の失敗昨日の失敗明日の失敗。いつもより早く乗る電車はいつもより空気が澄んでいた。今日受けるはずだった講義も同情の連絡も行かずに済んだ飲み会も、存在ごと全て消してしまえたら。通知が鳴る。きっと彼だ。25時を迎えようとしている。私は目を閉じている。彼からの通知を無かったことに。目を開けても現実が、目を閉じても現実が。だから深夜が嫌いらしい。今日は12時に家を出て、駅で彼が待っていて、31講義室には何故かいつも私の側にいるゼミ生がいて、帰りの路線には大声で政治を語る老人がいて、鏡には死んだ目をした女が佇んでいる。その女は自宅に帰り着くなり横たわって天井を見つめるようなつまらない毎日を送っているそうだ。側から見れば、家族に恵まれ友人に恵まれ男に恵まれ幸せそうな女らしい。ああ、そんな奴がまるで孤独のような面をして生きていると考えると自分が惨めに思えてくる。誰だ。その幸せを私にも分けてほしい。私はどこにいる。自分だけ達観したようなフリをして逃げているだけのくせに。それは違う。逃げてなんていない。私は目の前の人生を懸命に生きているだけなのに。瓦解していく。25時を超える。通知が鳴る。きっと彼から。通知が鳴る。きっとあの子から。まぶたの裏には笑顔の私。あの日浮かべた笑顔。は、いつだろう。最後に自分の笑顔を見たのはいつだろう。鮮明に覚えているのは怖い顔した彼の顔。通知。睡魔。来てほしくない時に来てしまうもの。早く記憶の奥底へ沈んで行きたい。多分何かの記念日で、それがなんだか分からない。通知。多分何かの要求で、私がやらなきゃいけなくて。消えろ。意識なんて。今はいらない。明日だって、鏡の前には死んだ目をした私がいるだけ。救済。真っ暗な天井に手を伸ばす。まぶたの裏に光を見出す。今日はそこで待っている。力が抜けて腕は床を打つ。水が溢れる。溢れ続ける。止まらない。ああ、そういえば定期がそろそろ切れるのだった。更新をしなければならない。のか?通知。明日、彼女に渡さなければならないものがあったはず。明日も彼に会わなければならない。やらなばならないことが多過ぎる。まぶたの裏に皆の顔。目を開ける。天井を見る。私は安堵して目を閉じた。せめて夢の中では、彼らに制裁を。脳内の破壊衝動を、彼らに。どうか、私が消える前までに。
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