第1話

文字数 1,992文字

 会社の仕事が、終わった。
 ヒロタカは、香織と二人で、会社を出た。
 ここで、香織は、意外にも、「これで大川君の気が晴れるなら良いや」と軽く思っていた。だが、一方で「大川君の前で恥を掻きたくない」気持ちもあった。
 一方で、ヒロタカは、軽い気持ちで誘ったのだが、意外にも、誘いに応じた香織に、びっくりしながらも、少し、自分の気持ちが落ち着いていた。しかし、「藤木香織に、また、何か言われたらどうしよう」とも思った。
 会社から駅まで歩いた。
 ヒロタカは、何を食べたら良いのか、分からない。
 ここで、また辛いものがあった。
 いや、食事に誘ったのは、ヒロタカだから、本当は、ヒロタカの自由にしたら良いのに、未だに、この期に及んで、香織の顔色ばかり伺っている。
 一方、香織は、香織で、正直に、「こんなものを食べたい」とか「大川君に任せた」と言えば良いのだが、普段から、ヒロタカを苛めているのだから、急に言えなかった。そして、香織も、辛い気持ちになっている。
 辺りには、これから家路につく人たちで、一杯だった。 
 または、赤ちょうちんに集まってお酒を飲んでいるサラリーマンが、いっぱいいた。みんな、楽しそうだ。
 香織は、ヒロタカに言いたいのだが、言えない。
 そして、辛い気持ちは、続いていた。
 よくドラマとか映画は、楽しそうに、男女のカップルは話をしているのだが、実際は、そうではないと気がつく。
 そして、ゲームでも、乙女ゲームなんてあり、恋愛ゲームなんてあるが、現実の男は、こんなにしんどいものかとも思った。
 そうだ、スマホの動画で見る向井理だって玉森裕太だって岩田剛典だって笑顔は良いが、こうして目の前のイケメンを相手にしても、実は、何を言えば良いのか。分からない。現実は小説よりも奇なり、でもあるが、現実はゲームよりも奇なり、とも香織は、思った。
 いや、ヒロタカだって、同じだった。
 例えば、ヒロタカだって、上白石萌歌とか有村架純とか指原莉乃が好きだが、現実は、そうはいかないと思った。
 ヒロタカは、自分の気持ちに正直になっていた。
 そうだ、今の状況は辛いと思った。
 辛い、と思った。
 普段は、ガミガミ怒っている香織が、急に、頼りなさげな一人の女性、人間に見えた。それは、さっきまで、ぶすっとしていた顔をしていたのだが、今は、どこか心なしか何を言えば良いのか迷っている顔をしていた。
 そう、香織も辛そうにしていた。
 二人は、黙って歩いていた。
 そして、困った。そもそも、渋谷駅の周りなんてあまりにも人が多く、本当は、ヒロタカだって、香織だって、どこのお店が良いのか分からない。
 その内、人がどっと横断歩道を渡った。
 この時、ヒロタカも香織も、疲れからか、人ごみに酔った感じがした。
 そして、この時、もう、ヒロタカも香織も「もう駄目だ」「私たちは、これで終わった」と思っていた。
 ただ、ヒロタカは、何故か、自分は、スマホを拾って届けた恩人なのだ、といった自負心があった。
 一方、香織は、スマホを拾ったのは、ヒロタカだから、もう、ヒロタカに反発する余裕はなくなっていた。
 そして、ヒロタカも、香織も、疲れが頂点に達した時、
「パスタイタリアン北の里」という看板を見た。
 少し、小さなビルの一階に、オシャレな造りをした洋食店があった。
 そこに
「辛子明太子スパ。今日は、半額」
 とあった。
 ヒロタカは、思わず
「藤木さん、ここにしませんか?」
「そうね、今日は、辛子明太子スパが、半額らしいしね」
「ええ」
「今日は、ラッキーですって」
 と言った。
 この辛い状況を乗り越えたと思った。
 店内に入った。
 そこには、イタリアの国旗が飾っていて、「いらっしゃいませ」と店員さんが、挨拶をした。
 そして、顔を見たら、上白石萌歌ちゃんに似た顔立ちの店員さんがいた。
 一瞬、上白石萌歌に似た店員さんに「良いな」と思いそうになったのだが、やはり、そこには、香織がいた。
 まずい、と思った。
 ここで、上白石萌歌に似た店員さんにニヤニヤしたら、また、嫌味を言われると、ヒロタカは、思った。
 ここで、ヒロタカは、辛い状況にまたまたなった。
 メニューから、そっと香織の顔を見て、
「明太子スパお願いします」
 とヒロタカは、言った。
「お連れ様は?」
「はい、私も、明太子スパお願いします」
 と言った。
 上白石萌歌に似た店員さんは、向こうに行った。良かったと思った。
 明太子スパが、テーブルに並んで食べた。
 この時は、ヒロタカも、香織も、割り勘だった。
 内心、香織は、ヒロタカに奢ろうと思っていた。
 帰り際、香織は、自動販売機で、カフェラテを買った。
「ヒロタカ」と初めて下の名前で言った。ヒロタカは。香織を見た。友達の第一歩みたいな。
 「これ、今日のお礼」と言って。カフェラテを奢った。
 そのカフェラテは、ヒロタカにとってみたら甘く感じた。
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