第1話
文字数 1,244文字
私は小舟を漕いでいた。
佳代ちゃんが船縁から身を乗り出して、海の中を見ている。
「なんかいいもの、あった?」
私が聞くと、佳代ちゃんはかぶりを振った。
「無いねえ。食べれそうなものも無いし、売れそうなお宝も」
「ここいらは何度か見たからねえ。めぼしいものは取り尽くしちゃったかも」
「もうちょっと沖へ行ってみようか」
「そうだね」
空はよく晴れている。風は無い。暖かい。
波は無いから小舟でも恐くない。
傾いた、あるいは横倒しになったビル群の合間を縫って、ゆっくりと漕ぎ進む。
きっとこのビルたちが、外海の荒波を防いでくれているのだと思う。
沖へ沖へと漕ぎ進む。ずっとビルの林が続いている。
ここいら一帯は全てかつては陸地だったというけれど。
その時代は、海岸沿いは海風や波が強くて大変だったんじゃないだろうか。防いでくれるビルの林が無かったのだから。
少し疲れたから、漕いでいた手を止め、私も海中を覗き込んだ。
水面は鏡のように平らかで、水はとても澄んでいたから、底までよく見える。
古銭が落ちているのが見えたから、たもですくった。
大した金属量じゃない。1枚じゃ食べ物に換えてももらえない。でも無いよりマシ。
佳代ちゃんはガラス瓶をすくい上げた。口のところが少し欠けていた。
惜しい。欠けてなければ結構いい値で売れたのに。
小さな海草が1つ発見出来たのはラッキーだった。佳代ちゃんと分け合って食べた。
海の水が澄んでいるのは、あまりに毒だから藻さえ生えることが出来ないからだと。
子供の頃習った。
でもそれは違うと、佳代ちゃんと私は今は知っている。
滅多に発見出来ないけど。海には海草も貝も魚も居る。
海は毒かも知れないけど、でも死んではいない。
陽に灼かれれば皮膚がただれ、空気を吸い込めば肺がただれると、そう教わったけど。
でも私たちはまだ生きている。
陸の方を振り返ると、遙か彼方に丸いドームが見えた。
かつて私も佳代ちゃんもそこに居た。
私たちは子どもが生めなかった。代わりになるような功績もあげられなかった。だから規則通り30歳で出された。
仕方ない。
ドームの中は有限。きれいな土も、きれいな空気も、きれいな水も、きれいな食べ物も、有限なのだから。
あの日、ドームを出される私たちを、みんな哀れみの目で見ていた。
私たち自身も、自分を哀れと思った。
「あのときね」佳代ちゃんが笑う。
「私てっきり、外に出たらすぐ死んじゃうのかと思ってたよ」
「私もだよ」私も笑った。
あれから何年経ったか。
1年のような気もするし10年の気もする。
数えてないから分からない。
佳代ちゃんの髪は灰色になった。肌は黒ずみかさついている。
かつてふっくらしていた佳代ちゃんは、今は骸骨のように痩せている。
多分私も同じようなものだろう。
私たちはきっと、ドームの中に居たときよりは不健康で、そしてずっと早死にするんだろう。
だけど、ドームの中に居たら。
知らないままだった。
寒い日の日差しの暖かさも。
暑い日に吹き抜ける風の涼しさも。
水面に陽が当たるときらきらすることも。
空が高いことも。
佳代ちゃんが船縁から身を乗り出して、海の中を見ている。
「なんかいいもの、あった?」
私が聞くと、佳代ちゃんはかぶりを振った。
「無いねえ。食べれそうなものも無いし、売れそうなお宝も」
「ここいらは何度か見たからねえ。めぼしいものは取り尽くしちゃったかも」
「もうちょっと沖へ行ってみようか」
「そうだね」
空はよく晴れている。風は無い。暖かい。
波は無いから小舟でも恐くない。
傾いた、あるいは横倒しになったビル群の合間を縫って、ゆっくりと漕ぎ進む。
きっとこのビルたちが、外海の荒波を防いでくれているのだと思う。
沖へ沖へと漕ぎ進む。ずっとビルの林が続いている。
ここいら一帯は全てかつては陸地だったというけれど。
その時代は、海岸沿いは海風や波が強くて大変だったんじゃないだろうか。防いでくれるビルの林が無かったのだから。
少し疲れたから、漕いでいた手を止め、私も海中を覗き込んだ。
水面は鏡のように平らかで、水はとても澄んでいたから、底までよく見える。
古銭が落ちているのが見えたから、たもですくった。
大した金属量じゃない。1枚じゃ食べ物に換えてももらえない。でも無いよりマシ。
佳代ちゃんはガラス瓶をすくい上げた。口のところが少し欠けていた。
惜しい。欠けてなければ結構いい値で売れたのに。
小さな海草が1つ発見出来たのはラッキーだった。佳代ちゃんと分け合って食べた。
海の水が澄んでいるのは、あまりに毒だから藻さえ生えることが出来ないからだと。
子供の頃習った。
でもそれは違うと、佳代ちゃんと私は今は知っている。
滅多に発見出来ないけど。海には海草も貝も魚も居る。
海は毒かも知れないけど、でも死んではいない。
陽に灼かれれば皮膚がただれ、空気を吸い込めば肺がただれると、そう教わったけど。
でも私たちはまだ生きている。
陸の方を振り返ると、遙か彼方に丸いドームが見えた。
かつて私も佳代ちゃんもそこに居た。
私たちは子どもが生めなかった。代わりになるような功績もあげられなかった。だから規則通り30歳で出された。
仕方ない。
ドームの中は有限。きれいな土も、きれいな空気も、きれいな水も、きれいな食べ物も、有限なのだから。
あの日、ドームを出される私たちを、みんな哀れみの目で見ていた。
私たち自身も、自分を哀れと思った。
「あのときね」佳代ちゃんが笑う。
「私てっきり、外に出たらすぐ死んじゃうのかと思ってたよ」
「私もだよ」私も笑った。
あれから何年経ったか。
1年のような気もするし10年の気もする。
数えてないから分からない。
佳代ちゃんの髪は灰色になった。肌は黒ずみかさついている。
かつてふっくらしていた佳代ちゃんは、今は骸骨のように痩せている。
多分私も同じようなものだろう。
私たちはきっと、ドームの中に居たときよりは不健康で、そしてずっと早死にするんだろう。
だけど、ドームの中に居たら。
知らないままだった。
寒い日の日差しの暖かさも。
暑い日に吹き抜ける風の涼しさも。
水面に陽が当たるときらきらすることも。
空が高いことも。