第1話

文字数 1,155文字

最近になって東京もようやく梅雨入りしたが、ずっと雨が降り続くわけでもなく晴れて気温が30度近くまであがる日も多い。

そんななか、昨日は大学の同級生の葬式に参列した。
亡くなったのは大学祭で一緒だったF君。
彼は卒業後、仙台で仕事をしていたこともあってあまり会う機会がなかったが、最近では大学祭のOB会にも足を運んでくれていたので、若かりし頃の互いのドジ話の蒸し返しを楽しんでいた。

早いもので来年は昭和100年に該当するそうだ。私も来年の誕生日で70歳になる。
だから、最近は知り合いの訃報もちらほら聞こえてくるようになった。
ちなみに約120名いた会社の同期入社の仲間も既に15人くらいは人生を卒業してしまった。
F君もそれまでピンピンしていたのに突然の心筋梗塞で急逝したとのこと。

告別式のあった仙台も晴れて蒸し暑かった。
無宗教で行われた式の最後の奥さんの挨拶が素晴らしかった。
朴訥だけど気持ちがまっすぐで仕事に打ち込む昭和の男だったF君の在りし日のエピソードを、時に笑いを交えて気丈に語ってくれた。
また、亡くなる直前まで大好きなRCサクセションの曲を聴いていたとのことで、式の間でもずっと彼らの曲を流すことにしたと話していた。

葬式で清志郎の歌を聴くのは初めてだった。
しかし、梅雨の晴れ間の昼下がり、出棺の際に流れた「雨上がりの夜空に」が何故かとても良くて、大学祭の仲間たちで「どうしたんだ hey hey baby  バッテリーはビンビンだぜ」と大声で歌いながら見送った。


夜更けになって横浜の自宅に戻ると、到来物のサクランボがあった。
私はサクランボが大好物で、毎年この時期になるとちょっと贅沢をして箱買いするのだが、それとは別の貰い物なので、「ラッキー」とばかりに一気食いをしてしまった。

そういえばF君の実家は山形だった。
毎年6月の中旬に行われる大学祭本番の3日前から私たちは準備のために大学の寮の大広間に雑魚寝していたが、そんなある夜にF君が実家から送ってきたばかりの大粒のサクランボがぎっしり詰まった大箱を抱えてきた。

貧乏学生の集団であった私たちはこれほど立派なサクランボは見たこともなかったし、ましてや買うなんて考えも及ばなかったので狂喜して争うように食べた。
彼は「これ、1万円ぐらいするのに瞬間蒸発した!」と言いながら、何故かものすごくうれしそうに笑っていたのをよく覚えている。

サクランボが大好物になったのはそれがきっかけだった。
あの夜の出来事はとても印象的で、以来、赤くてつやつやしたまん丸の実をワシワシ食べるのは若さと健康の象徴のように思ってきた。

しかし、その彼はもういなくなってしまった。
そういえば6/19は太宰治の「桜桃忌」だけど、F君も同じ日に亡くなっている。
「令和の桜桃忌かぁ」とつぶやいてしまった。
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