第1話

文字数 1,996文字

「いじめはこの国から排除しなければなりません。しかし、どんな施策をしてもいじめははびこるのです。文部科学省に入省された皆様には、このいじめを含む教育問題を解決し、素晴らしい未来を作っていただきたい。」

正人は、ひざの上の拳を改めて強く握り、背をただした。
今も思い出す、小学6年生の秋。もともと仲良くもなかったが、六年生になって始まったアニメが共通の話題となり雄介とは話すようになった。雄介は親にアニメグッズを買ってもらえず、住む団地から考えるに、裕福ではなかったのだろう。その時は、貧富の差を認識することもなく、団地に付属の公園が羨ましいとすら思った。アニメが映画化され、夏休みに公開されるため雄介を誘ったが、「夏休みは家族旅行があるからいけない」と断られた。ただ、映画が見たかったからか、旅行に乗り気ではない様子であった。
そして、夏休みが明けた時に、いじめは始まったのだ。
雄介と同じ団地に住んでいる、翔太は体大きい生徒で、お調子ものだった。夏休み前から雄介をはじめ、何人かの生徒を馬鹿にするような言動があり、聞いている自分も少し嫌な気持ちになることがあった。ただ、悪気がないこともわかっていて、雄介が体調不良の時には率先して、翔太はプリントを届けていたし、雄介からも翔太と団地の公園でよく遊ぶと聞いていた。
最初は、いつものおふざけの延長線上だと思っていたが、次第に言動がどんどんエスカレートしていくにつれ、いじりの対象は雄介一人になっていた。それと同時に、自分は雄介と遊ぶ機会がなくなっていった。それは、自分が中学受験を控え、勉強で忙しいこともあったが、雄介を誘っても、「ごめん、忙しいから」と断られていた。
少しずつ正人と雄介の距離が広がっていくにつれ、雄介は他の同級生からも孤立していった。翔太のいじめに周囲も加担するようになり、雄介が無視されることが多くなった。少しずつクラスの雰囲気が暗く湿っぽくなっていった。教師も気づいていたはずだが、何の対策もしていなかった。
ある日の昼休み、翔太が雄介を馬乗りになって押さえつけて、周りで取り巻きが笑っていた。他の同級生は見ていない振りをするか、静かに教室から出ていった。そして、翔太が「今日は暑いし、バケツで水をかけてやろうぜ。水汲んでこい。」と言った。取り巻きの顔が少しひきつる。翔太が取り巻きをにらみつける。一人が水道に向かっていった。
自分は気が付くと席を立って、翔太に体当たりをして、突き飛ばしていた。
「い、いつまでこんなことやってんだ。いい加減やめろよ」
怒ることに慣れておらず、少し片言になってしまった。翔太は悔しそうな顔をしているが、どこか少しほっとした表情にも見える。
「正人君、助けてくれて本当にありがとう。」
雄介は泣きそうな顔をしていた。
それから、いじめはなくなり、翔太は引っ越した。雄介とはまた遊ぶようになったが、前のように団地に行くことはなかった。また、雄介は親にアニメ関連のゲームをようやく買ってもらえたようで、中学受験が終わってからは一緒にゲームで何度も対戦した。
中学に進学してからは全く会わなくなったが、教育関係の仕事をしたいと文部科学省を目指すきっかけになったのは、間違いなくあの出来事だろう。
やっと今年から文部科学省の官僚となった。

「皆様には、期待しています。覚えていないかもしれませんが、試験により選ばれた方達なのですから。次に、文部科学省主導で行われている政策の成果について、担当職員から説明がございます。また、この内容については秘密保持契約の対象になりますので、よろしくお願いいたします。」
少し会場の空気が変わった。
「これまでいじめをなくすために、大変多くの政策が行われましたが、効果はほとんどありませんでした。そんな中20年ほど前から秘密裡に施行された政策は少しずつですが、効果を発揮していることが分かっています。」
いじめの件数が低下していることを表す、各年のいじめの件数が棒グラフにより画面に示されている。そしてなぜか、途中からグラフの棒が二色に塗り分けられている。
「この赤色の部分が通称”おとりいじめ”です。文部科学省主導で、いじめの構造をクラスに再現することでいじめを管理し、管理できないいじめの起こさないようにします。」
「もちろん加害者と被害者役には相当な協力金を支給し、長期休暇に演技指導や怪我しないような指導を受けてもらい、安全には配慮します。」
「この政策のおかげで、いじめを管理することができるメリット以外にも、いじめを起こしやすい人物を幼少期に特定しその後要注意人物として重点対象とすること、および皆様のようにいじめを止めることができる人物に対して、一定の地位を保証することができるのです。」
正人はこれまでのことを思い出し、そして、ここまでしなければいじめはなくならないのかと、静かに理解した。
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