第1話

文字数 3,586文字


 ピンポーン。

 インターホンが鳴り、俺は慌てて飛び起きる。
 今日の夕方、予約していた新作ゲームが配達される予定だった。うっかり寝てしまわないよう注意していたにもかかわらず、昼ごはんでぱんぱんに満たされた胃が誘う睡魔に負けたのだ。
 朝ごはんを抜いてしまった故に、自分のキャパシティ以上の量を作ってしまった己を憎む。それでも、不在届がポストに入れられることは避けられたので、結果オーライとしよう。

「はーい」

 返事をして玄関へと向かう。今日明日は会社が休みだからと、家に籠もってゲーム三昧の2日間にする予定だった。わくわくがとまらない心持ちのまま、玄関の鍵を開ける。

「ごくろーさんで……えぇ? 川崎先輩!?」
 配達員がいると確信して開けた扉の向こうに立っていたのは、会社の川崎先輩だった。
「何やってんすか、え、家知って……」
「佐々木、すまん。いきなり来て」
 百戦錬磨の熊のような見た目とは裏腹に、なんとも弱々しい声。
「いや、大丈夫っすけど。え、まず家知ってたんすか?」
「それは調べさせてもらった。1000ポイント払えば教えてくれるらしいんだ」
「……はい?」
一体何のポイントで俺の住所は無許可で売られてしまったのだろう。通販サイトのポイントか……?。
「ポイントって、ていうか誰にっすか! 俺何も聞いてないっすよ!」
「そんなことより!」
 俺の質問を遮って唸り声を挙げる熊。
 俺の住所が無許可で売られた事を「そんなこと」にされた驚きを隠せない。しかしいちいち突っ込んでいては埒が明かないので一旦話を聞くことにした。
玄関先で話を聞くのも落ち着かないので、「散らかってますけど」と川崎先輩を部屋に上げる。
謙遜ではなく本当に散らかっている部屋を見て、川崎先輩は一瞬怪訝そうな顔を浮かべたが、すぐに先程まで俺が寝ていたソファに腰掛けた。
二人がけのソファーいっぱいに川崎先輩が埋もれているため、俺は仕方なくカーペットにあぐらをかく。

「いきなりすまない。実は頼みごとが会って此処に来たんだ」
「頼みごとっすか」
 川崎先輩からの頼み事は今に始まったことじゃない。気になっているキャバクラ嬢を射止めたいから、嬢の前で俺のいいところを語ってくれと頼んできた事がある。他にはパチンコで5万円スッた日に奥さんから締め出しをくらい、一緒に謝ってくれと泣きついてきたこともあった。
 後輩と一緒に謝りに来た自分の旦那を情けなく思い、大きなため息をついた奥さんの姿を見て俺は、なんでこの人は川崎先輩と結婚したんだろうと不思議に思った。
 とはいえ仕事はできるし、こちらがミスをしたときには庇ってくれる。一緒に取引先に頭を下げ、落ち込む後輩を慰めようと食事につれていくなど、人情に熱いところもあるせいか、俺の同期からの人気は高い。
 そんな川崎先輩が俺の家を調べてまでするお願いごととはなんなのだろう。

「佐々木、どうやら俺は命を狙われてるらしい」
「え?どしたんすかいきなり」
 ついに闇金にまで手を出したのかと思い、一瞬怒り狂う奥さんの顔が浮かんだ。
 けれど、話を聞いていくうちにどうやらその考えは間違いだったとわかった。しかし理解できないことが多すぎて頭が追いつかないという問題が発生する。

「つまり、この怪盗ブローカーという人物が今夜 川崎先輩を誘拐しに来ると」

 自分でも何を言っているんだろうと思うが、話の内容はこうだった。
 昨夜、川崎先輩がそろそろ眠ろうと布団に入った時、寝室の窓から何かが投げ込まれたらしい。ガラスの割れる音にびっくりした川崎先輩が急いで犯人を捕まえようと外に出たが誰もいなかった。不思議に思いながら、投げ込まれたモノを確認したところ、硬い小さな箱にこの手紙がはいっていたとのことだ。
 その手紙には

「明日の夜、不届きたる者を攫いに参る。檻に入れられた熊は逃げられない」

 となんとも可愛らしい字で書かれていた。
「バカなんすか!こんなのいたずらに決まってるじゃないっすか!」
「バカとはなんだ!いたずらじゃなかったらどうするんだよ!」
 というより、川崎先輩は自分のことを熊だと自覚しているのか。
 いたずらだ、いたずらじゃないの攻防戦に勢い負けした俺は投げやりになる。
「もぉおおお」
 がしがしと頭を掻き、机をバンっと叩く。
「わっかりましたよ。今晩だけっすからね」
 畜生め。今日は夜通しゲームの日だというのに。何が悲しくてこんな馬鹿げたことに付きあわなければならないのか。
 腹を括ったその時、俺の部屋の窓から光がさした。あれ、夕方なのにこんなに明るい光なんて何処から。なんて考える暇もなく、閃光と共に爆音、爆風が部屋を襲う。
「なんなんだ!こんなことってあるかよ!」
「ほらみろ、いたずらじゃなかっただろう!」
 窓の外から突如襲った強い光が俺の部屋を、俺と川崎先輩を隔てるように切り裂いた。
「俺、ビームって初めて見たぁ……」
 普通ありえないこの現状に、ついで発した言葉はこれだった。
 鼓膜が破れるかと思うほどの爆音で四壁が震える。あまりの眩しさに視力を失っていた目がなれた頃、大丈夫ですかと声をかける為、川崎先輩の方に顔を向けた。
「うぅぅぅぅ」
川崎先輩は、変な嗚咽を漏らしながら項垂れた土下座の格好をしていた。情けない。
「誰なんですか!」
 仕方なく俺は、見えない相手に問いかける。
「いきなり人の家にビーム撃って失礼でしょう!」
 しかし、返事はない。
 どうしよう、賃貸なのに。

 唯一の味方である川崎先輩はすっかり戦意喪失しており、まったく頼りにならない。なんとかビームを撃った張本人に出てきてもらい、諸々の弁償代と経緯について話さなければ。
「川崎先輩!しっかりしてください!」
 相手は川崎先輩が狙いなのだ。差し出せば上手くことが進むだろう。
「勘弁してくれ、怖いんだ。な、佐々木」
「怖いのも迷惑被ってんのもこっちっすよ!」
「頼むよ佐々木!どうにかしてくれ!」
 そういい問答している間に、光指す窓の向こう側から一人の女性らしきシルエットが浮かび上がる。
 しなやかで丸みを帯びた腰回り、さらさらと風になびく長髪、そしてどこかで聞いたことのある艶のある声。
「おい、貴様」
 徐々に近づいてくるその姿は、川崎先輩とともに何度も対面した事のある女性だった。
「お……奥さん」
 人間、怒りもここまでくるとビームが出せるようにまでなるのか。
 それ以前に、過去最高ボルテージの怒りだぞ。一体何をやらかしたんだ!
「奥さん、落ち着いてください!俺はまったく関係がありません!」
「また後輩のところに泣きついて逃げて……絶対に許さないぞ!」
 女性がここまで叫んでいる声を聞いたことがなかった俺は、恐怖で声が出なくなり、うなずくしか能がない人形と化した。
 すると隣でうずくまっていた熊がむくりと上半身を起こし、今世紀最大の謝罪を空に響かせた。

「すまなかった!ほんの、出来心だったんだ。ほんとに、あの、ごめんなさい!」

 泣いて謝る川崎先輩。というか、すぐさまに謝罪が出るほどの心当たりがあるのか。
 ひぃぃんと体にそぐわない鳴き声を漏らす川崎先輩が、これまた過去最高に情けない姿でほおっておけなくなった。
 しかたない、ここは俺も一緒に謝罪をするかと土下座のフォームをとる。

「私というものがありながら」

 その後の彼女の叫びは、トドメを刺してきた二度目のビームにかき消され、俺たちには聞こえなかった。ただわかるのは、俺たちの土下座に意味はないという事。
 再び放たれたその攻撃は、俺たち二人を引き裂いた一度目の進路とは異なり、川崎先輩ただ一人を狙っていた。
「川崎先輩!逃げてー!」
 声の限り叫ぶ俺。しわくちゃになった川崎先輩の顔がゆっくりとこちらにむかう。本当になんて情けない姿だ。
 俺は今からかき消されるであろう川崎先輩の姿を反面教師に、女性には誠実でいようと心から誓った。怖すぎる。
 スローモーションのように迫るビーム。間抜けた泣き顔の川崎先輩。怒り狂う表情で今にも血管が切れてしまいそうな奥さん、そして俺。
 すべてが白を通りこした明るい光に包まれたその時、心臓を鳴らすほどの音が鼓膜を震わせた。

ピンポーン

「うわぁあああ」
 がばっと起き上がった俺の全身は汗でぐっしょりと湿っていた。
 あわてて部屋を見渡す。ビームで破壊された痕跡はない。
「ゆ……夢、か」
 3秒ほど深いため息を付いた後、顔を何度がぱしぱしと叩いた後眠っていたソファから起き上がる。
 川崎先輩……。夢の中でまで迷惑をかけてきてなんて最低な先輩なんだ!
 おそらく夕方に配達を予約していた新作ゲームの配達員さんだろう。
 スタスタと玄関へ進む俺の足が、一枚のチラシを踏んだ。
そのチラシには女神のイラストが描かれたパッケージに「シューティング☆ビーム」と題された新作ゲームのタイトルがのっていた。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み