夏の魔物

「桜の花びらが消える理由、カタツムリがいなくなる理由、暑くなる理由、そういう理由は全部、ぼくが指を鳴らすからなんだ。ぼくが指鳴らすから、夏が来るんだよ。ぼくは夏実行委員みたいなものだね」

　そう伝えると、隣に座る中学生と思しき男子が「なんだお前」と気味悪そうに顔をしかめた。

　なかなかバスが来ず、バス停のベンチに座って待っていると、隣に中学生が二人腰かけた。男子と女子だ。夏休みに入ったから二人で海にでも行きたいねであるとか、花火を見に行こうであるとか、遊園地は混むであろうか、なんて話をしていたのが聞こえた。付き合い始めなのか初々しい。

　たとえば、漫画家が隣で自分の描いた漫画の話をしているのを偶然耳にしたら、「それ、作者わたしなんですよ」と言いたくなるのではないだろうか。それと同じだ。ぼくは思わず、口を開いていた。「それ、ぼくが指を鳴らすからなんだよ」と。

「そういうわけわかんねえ話は、お父さんとかお母さんに言えよ」
「わけわかんないかな。それは君の理解力の問題だと思うけど」
「お前、なんなん？　子供でも、面倒臭いぞ」

　男子がわざとらしく腕まくりをし、「ちょっと、やめなよ」と女子に嗜められた。物分かりのいい子は好きだ。と、思っていたら、「子供相手に、ムキにならないの」と注意を続けた。君もわかってくれたわけじゃないのか、と肩透かしを食らう。

　しかし、男子の方は根に持ってしまったのか、ぼくの喋り方が気に入らなかったのか、女子の前で面白いことをしたいのか、まるで一休さんにとんちを迫るみたいに挑発してきた。

「じゃあ、指を鳴らしてバスを呼んでみてくれよ」
「馬鹿だなあ。バスが来るのは夏と関係ないじゃないか」

　思わずそう口から言葉が漏れた。男子は明らかにむっとした様子になりつつも、面倒臭くなったのか「あほくさ」と呟いてそっぽを向いた。女子の方も、男子がへそを曲げてしまったものだから、どうしていいのかわからない様子で、眉を下げてぼくを見て「ごめんね」と囁いた。

　気まずい空気が流れ、こうなってしまったのはぼくが我慢できずに話しかけたのが悪かったというのもあるし、と反省する。仕方ないからお見せするとしよう。
　指を構え、鳴らす。

　パチン。すると、蝉がミーンミンミンとどこからともなく鳴きだした。
　パチン。すると、汗が滲み、二人のシャツがぴたっと身体に張りついた。
　パチン。すると、アイスキャンディーの屋台を引いたおじさんがそばを通った。
　パチン。すると、蚊取り線香の香りが漂ってきた。
　　
　ぼくが指を鳴らすのに合わせて、二人が目と口を大きく開けてじ驚きを露わにした。
　ぼくは気をよくして、オマケに指を鳴らす。パチンパチンパチンパチン。

　突然日が暮れ、ひゅーっと光の線が登り、轟音と共に弾ける。夜空に、光の粒が拡がって巨大な花を咲かせる。ドーン、ドーンと夏の象徴がその存在を響かせ始めた。花火に、目を丸くし、思わず言葉が口から溢れたといった感じに、「なんだよこれ、すげーな!?」と口にし、男子が女子に視線を戻して同意を求めた。

　だけど、ベンチには、ぼくと男子の二人しかいない。
　夏なのだから、怖い話もあった方がいい。
　パチン。　　　　　　　　　　　　　　　

（了）