前向きな死生観

文字数 2,861文字

 富豪の私有地を管理するという生活も、気づいたらもう10年という月日が経ってしまっていた。3か月持てばせいぜいだろうなんて気持ちで始めたこの仕事も、気がつけばすっかり板についてしまっている。ここに来た時の貧相だった体にも筋肉がつき、田中さんほどではないが一人前と言ってよい仕事ぶりができると自分でも感じられるようになった。
 小屋での食生活については、全くと言っていいほど困ることはなかった。食料は小屋に備蓄が大量にあったし、私たちの雇い主に連絡すればすぐに手配してくれる。他には、森にアナグマやタヌキなどが出るので、それらを捕まえたのをさばいて田中さんと鍋にしたこともあった。だが、沼で取れる魚は、食用には適していなかった。田中さんも食べるためではなく、趣味のアクアリウムのために取っていたらしい。確かに小屋には小さい水槽が一つあり、そこには魚が数匹泳いでいる。田中さんがちょくちょくこの小屋に住む私に会いに来るのは、もしかしたらこの水槽の世話をするついでなのかもしれない。
 その反面、風呂については少々面倒な思いをした。小屋には風呂の設備がなかったからだ。仕方なく、数キロ先の繁華街にある銭湯まで行っていたが、仕事で森の中を歩き回ってドロドロなので、いささか迷惑をかけてしまっていた。だがそれも、5、6年前に小屋にシャワールームがついたことで解消され、快適に寝泊まりができる小屋へと華麗に変貌した。
 強いて短所を上げるならば、人との交流が少ないことだろうか。会うのは田中さんと富豪の家の人々がせいぜい。みな良い人ばかりなので何の問題もないが、たまには違う人と触れ合いたくなる瞬間がある。死を考えるほどの目に遭って打ちのめされた私ですらこう思うのだから、もしかしたら普通の人にはこの仕事は耐えられないかもしれない。
 住まいは、近くの安アパートを借りている。だが、森の管理に盆暮れ正月などないため、そこに帰ることはほとんどなかった。それに、アパートに帰ってもせいぜい安酒を飲んで眠るだけ。そんなことをしていたら体がなまってしまう。その上、酔っぱらってしまうと、過去の嫌な思い出や愛する香矢の笑顔が脳裏に浮かんできてしまう。それらを泥酔した頭がどのように受け止めるかは、その時でまちまちだが、たいていの場合怒と哀の感情がしゃしゃり出てくる。すなわち肉体的にも精神的にもよろしくないのだ。それなら、体をなまらせず過去のことも考えずに済む唯一の方法、小屋で寝泊まりをする生活をするべきだろう。必然的に私は小屋を主な住みかとし、仕事に精力的に取り組むようになっていった。
「相変わらず、精が出るな」
田中さんは、小屋に訪ねて来るたびに私にそう言ってくれる。10年たった今でもこの人には頭が上がらない。だが田中さんの方も、私がここまでこの仕事に馴染むことは予想していなかったようで、仕事上重要な相談をしてくれる程度には、私に信を置いてくれるようになっていた。
 私たちが担当する敷地の範囲も、始めは私が3、田中さんが7の割合だったが、今では半々になった。田中さんにとっては、私が来る前の半分の範囲になったことになる。そのせいで少し余裕ができたのだろうか。田中さんはややふっくらとしてきたが、それでも共に行動するときの仕事の速さと正確さは衰えを見せることはなかった。
「忘れたいこととか、色々あるんだろうけどさ。たまにはゆっくり休めよ」
田中さんは仕事だけでなく、こう言った心理的な面についても洞察力がある。私が仕事に打ち込む理由が、前述した思い出すと辛くなる過去について考えないようにするためだということを、しっかり分かってくれているのだ。私が働き始めて数年は、「休みたいときは、俺が代わるから休んでいいよ」と言っていたが、最近それを言うことはなくなった。それは、単に私が仕事に慣れたからという理由だけではないのだろう。
 だが、田中さんの指摘にはうなずける部分もある。私は思わず考え込む。これまでの10年間、もらった給与はほとんどそのまま口座に残っている。せいぜい安アパートの家賃が引かれている程度。それでもかなりの額が手つかずで残っているはずだ。少し旅に出るとか、美味いものを食うとか、そんなことをするのも悪くない。そんな考えがひたひたと忍び寄る。
「でも……」
すぐさま懸念材料が頭をもたげてくる。元妻からの慰謝料の請求が来ていないのだ。あの手のことからは簡単には逃げられないと思っていたのだが、失踪扱いになっているのか、それとも死亡扱いになっているのかいっこうに音沙汰がない。だが、いつ来てもいいように、もう会うことのない愛すべき香矢のために、可能な限り無駄遣いはしないようにしておかないと……。
 頭を振る私を見てこれ以上諭すのは無理と分かった田中さんは、曖昧な微笑を浮かべ呟いた。
「ま、好きにすればいいさ。でも、もう少し人生楽しんでもいいと思うぞ」
そう言って、小屋を立ち去る。私は、田中さんの背中を感謝の気持ちで見送った。

 ある日のことだった。
 その日は、敷地内の広範囲な枝打ちを行う予定だった。広い範囲なので、私と田中さん二人で行おうということになり、私と田中さんは森の中で落ち合う。
 かつて私が最初に教えてもらった枝打ち作業だが、10年経った今となってはもう手慣れたものだ。手早く枝の太さを視認し、上へ下へとナタを振るっていく。
「そういえば、最初に教えたのはこの枝打ちだったなあ」
田中さんが懐かしそうに言う。私も「はい」とだけ答えて、作業に集中する。
「あれから、もう10年だ。早いもんだなあ」
田中さんの科白に、返事こそしないが私もしみじみと同意する。どうしてこんなに月日が流れていくのが早いのだろう。若い頃と一年の体感速度が違うからなんて小難しい理論もあるらしいが、それよりも、私たちが仕事に夢中だったことの方が大きいような気がする。暇だとどうしても、時間がゆっくり流れて行く気がするものだ。もしかしたら、余裕のある人間ほど人生は遅く感じるのかもしれない。しかし、早い人生と遅い人生、どちらが良いかは、私には決められない。どちらの生も、本人が納得できれば良い人生だったと言えるだろうから。
 だが、少なくとも今の私は、田中さんと共に枝打ちをしている私は、自分の人生を早くしたいと感じている。それは、かつて沼に入った私のように、今すぐ死に向かう、死に急ぐという意味ではない。限りある生を目一杯生きたいという、とてもポジティブな生なのだ。
 そういった生を生き抜いて、ある日突然こういった枝打ちの仕事に来なくなる。何事かと思い田中さんが小屋に駆けつけてみたら、私はぽっくり死んでいた。そんな前向きな生、前向きな死に、純粋に私は憧れるようになっていた (田中さんへの迷惑はさておいて)。
 死を恐れつつも望んでいた、かつてのそれとは違う前向きな死生観が心を支配している。その心に幸福を感じながら、私は田中さんと共に枝打ちの作業に取り組み続けていた。
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