第1話

文字数 2,000文字

ぶずずずず、と大きな音をたてて、小さなロケットが空へ飛び立つ準備を始めた。おもちゃみたいな大きさのそれは、おもちゃらしからぬ量の炎を地面に近いお尻の方からあげていて、離れた所から見ているのに熱い。「半径10m以上は近付かないで下さい」と宇宙葬儀担当のハシカケさんに言われたので、それをきちんと守っているのに、だ。炎と共に灰色の煙もモクモクと辺りに広がっていく。この煙もセレモニーというか、演出みたいなもので、炎だって今の時代はそんなの使わなくともロケットを空に飛ばせる。葬儀を盛り上げる為の一環らしいけど、必要なかったように思う。はたしてこの炎はオプションだっただろうか。ナン子は隣に立っているボンボルの体に頭を寄せた。ボンボルの体は球体に近く、ゼリーのようにひんやりと柔らかい。そっと目を閉じると、そのまま眠ってしまいそうだ。しかしロケットの騒音に負けず、ロケットを取り囲んだ大勢の人が全員号泣しているのがやかましくて、寝付くことはできない。おんおんおんおん、オソノさん、と下手くそな合唱団のようだ。ロケットが無事飛び立つまで気にしないように努めたけど、あまりにうるさくて我慢できない。たしかこれはオプションだったはずだ。ナン子はボンボルからパッと頭を離すと、泣いている人達の後ろにあるプロジェクターの線を引っこ抜いた。ぶつん、と音がしたかと思えば、号泣していた人々は影も形もなくなり、ロケットの音だけがその場に響く。
「ちょっと困りますでえ、そんな乱暴に扱われるとぉ。」
離れたところで見守っていたハシカケさんが駆け寄って来て、プロジェクターに異常がないか心配そうに確認した。
「すみません、我慢できひんくて。」
オプション代金は払いますんで、と言って、ナン子はまたボンボルの隣に戻った。ボンボルがじろりとナン子を見た。
「せやからオプションは要らん言うたじゃろ。」
ボンボルは元々口がない生物なので、どこから声が出ているのかは分からないけど、自分の体の中に低く響かせるように話す。
「オソノちゃんが寂しいかと思ったんやもん。」
オソノちゃんとは、ナン子を拾ってくれた恩人である。親代わりと言いたいところだけど、当時ナン子を拾ってくれたソノは五歳の子どもだった。そして拾われたナン子はロボットで、製造日からとうに百年は超えていた。地球人が宇宙へと活動範囲を広げ、地球外生命体である宇宙人との交流が始まったばかりの頃、それと同時に、ロボット開発もどんどん進められていった。ロボット法案も宇宙移民法案もまだ制定されていなかった時代だ。輝かしい技術の発展の影で、次々と生み出されたロボットは、失敗作の烙印を押されて違法に廃棄され、それが一時社会問題となった。ナン子はベビーシッター用のロボットとして作られ、すぐに捨てられはしなかったものの、百年以上も休みなく働かされっぱなしで、ろくにメンテナンスもされなかった。そのせいで少し動きが鈍くなったのを、“子どもを傷つける危険性がある”と判断されて、町に不法投棄された。それをソノが拾ってくれたのだ。ソノの両親も初めは困っていたが、一人っ子の娘の遊び相手になると思ってくれたのだろう、ずっと働かされて錆びついた体を綺麗にしてくれた。ソノの両親が交通事故で亡くなってからは二人暮らしだったけど、地球から強制退去になりかけていた宇宙移民のボンボルも途中から家族となり、三人暮らしが始まった。ボンボルの生まれ故郷である星は今も存在するけど、星に帰りたくないようで、何があったかも話すことはなかった。無理に聞くつもりは今も昔もない。ボンボルのことが大好きだったので、一緒にいるだけで十分だった。
「骨なってから宇宙行ってどうするん。」
ナン子がぽつりと呟いた。
「オソノが望んだんじゃ、意見することはあらあせん。」
ソノは一度も宇宙に行ったことがなかった。ナン子ももちろんないが、行きたいとも特に思わなかった。行って何をする、と思っていたけど、ソノは知らんもんを見たいんじゃ、と言っていた。地球人の一般市民が簡単に宇宙旅行に行けるようになったのは、ソノが高齢になり、病気で弱ってからのことだった。医療が発達したといっても、まだまだ限界はある。ソノは、死んだら全て宇宙に散骨してほしい、とナン子達に頼んだ。
「ほんまはちょっとだけ遺灰とっちゃったんだわ。」
ナン子は半透明の小さなカプセルをポケットから取り出した。
「オソノが幽霊になって出てきたらどうする。」
「え?」
「地球に言い伝えあるじゃろ、化けて出る言う。」
「ボンボルなんでそんなの知っとるん。」
「調べた。」
ほーん、とナン子は気のない返事をして、取り出したカプセルを見つめた。
「まあ化けて出てくれたほうが嬉しいわ。」
またオソノちゃんに会えるんや、と言って、ナン子は笑った。ぼぼぼぼぼぼ、とロケットが大きな音をたてて、空へ向かって飛んで行った。
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